【挨拶編】クラフトな1杯

4/8
前へ
/122ページ
次へ
「それで、お酒は何?」 「ビールだって」 「よし、場所移動しよ!」  いそいそとバッグにスマホをしまう彼女。 「リーちゃんさ、別にここでレモンサワー飲みながらでもいいんだよ」 「いやいや、キュー君、分かってないわね。同じ酒を飲むから、依頼人の話が良い肴になるんじゃない!」 「ううん、そういうものなのかなあ」  それにね、とすまし顔で人差し指を立てる探偵。額が丸見えて、眉もピッと上がっているのがよく分かる。 「ビールの話聞きながらレモンサワー飲んだら味が混ざっちゃうでしょ? ちゃんぽん飲みは危険だし」 「ぶはっ! 何それ!」  突然の変な回答に、堪らず吹き出してしまった。どうやら彼女は耳からもお酒を飲むらしい。 「行きたかった店があるから、そこに行きましょ。相手にも店の住所教えてくれる?」 「分かった。じゃあ急いで残り飲んじゃおう」 「あ、待って。もう1杯だけ、この黒糖ジンジャーレモンサワーっていうの飲んでみたい」 「うははっ、なんとなくリーちゃんはそう言うと思ったよ」  彼女が如何にお酒が好きか改めて実感しながら、俺は店員さんを呼んだ。 「んっと、地図によると……あそこの大通りを渡る感じだな」  店を出て数分歩く。眠らない街東京、極彩色のネオンが煌々と通りを照らし、俺のストライプの白Yシャツを染めていく。 「はっきりしない天気ね」 「女子はカーディガンで調整できるの、便利だよな」  午前はピーカンで熱中症の心配すらある夏本番だったのに、午後のゲリラ豪雨を機に一気に気温が下がり、強風も来たせいで、いつもより着込んでいる女性も多く見かける。  理香さんもご多聞に漏れず、OLらしいグレーのトップスと白のプリーツスカートの上に、ベージュに白ドットの薄手のカーディガンを羽織っていた。 「お、ここか。こんなところに良い感じの飲み屋があるなんてね」 「ここは雑多な街だからね」  目的の店は、歓楽街、所謂「夜の店」の通りにあった。  呼び込みは規制されているので、露出の多い恰好をした女性が店の連なるビルの前に立っていて、理香さんと一緒だと余計に目のやり場に困る。  1階から4階まですべて飲み屋となっているビルの中で、目当ての店は最上階。 「いらっしゃいませー!」  カントリーミュージックが流れる店で、明るい声で店員さんが出迎えてくれた。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

382人が本棚に入れています
本棚に追加