庭師はかく語りき

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 實篤(さねあつ)さまは還暦を過ぎた頃でしたが、極めて健康で夜中に徘徊なさるような痴呆の症状などなかったそうですから、それならばどうしてお一人で、夜中に離れ座敷にいらしたのかが誰にも全くわからないのです。  何者かに呼び出され、毒を盛られたのではないかというのが、当時の警察の考えだったようです。伯爵の変死ですから捜査もおおがかりなもので、私のような末端の庭師まで、簡単にですが巡査が話を聞きに来られました。  ええ、その時には、私は何も申し上げるつもりはありませんでした。ですから、知らぬ存ぜぬで通しました。そして巡査も、一使用人から有力な情報が得られるなどとはハナから思っていなかったのでしょう。つまらなさそうな顔で頷いて、それっきりでした。  その事件の真相を知るのが、まさかこの世で私だけだなどとは、仏様でも思いますまい。  どうして今になって、ですか?  そうですね……  もう充分な時間が経ったから、でしょうか。  昭和になってもう二度目の夏です。庭の百日紅(さるすべり)を丹精していて、思い立ったのでございます。  實篤(さねあつ)さまの御子息、(さき)の伯爵由篤(よしあつ)さまも亡くなり、新しい時代になりました。全てを明らかにしてもいいのではないかと、そう思ってご連絡さしあげました。  ただ、先に申し上げておきますが、事実は小説よりも奇なり、そのようなことはございませんよ。  どうか過度に期待なさらないでいただきたい。  事実は、憶測よりも遥かにせつなく、愛に溢れている……とだけ、お含みおきください。
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