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ほんの一瞬詰まりつつも、すぐに気を取り直して言葉を返す。
「……もちろん。先生はこうして、やりたいことを仕事にできているよ」
「俺らは毎日——」
僕の返答が終わるか終わらないかのうちに、光が再び口を開いた。
「やりたくない勉強をして、ある程度成績が良かったら高校とか大学とかに行けて、そこでまた受けたくない授業を受けて。そんで就職したら、今度は一日何時間も仕事、仕事……」
僕に言っているのか、それとも独り言なのか定かではない調子で、光が滔々と語り続ける。
「どうせなら、俺は今のうちに遊んどきたいんすよ。気ままに過ごせるのって、子供のうちだけでしょ?」
「そんなことないさ」
僕は即座にきっぱりと否定した——つもりだったけど、喉元を通り過ぎた声には、スポンジ程度の密度しか感じられなかった。
——教員は自分で選んだ仕事だ。実際、教科指導だってクラスや部活動の運営だって、前向きな気持ちで取り組めている。
だけど、果たして。
自分が光くらいの年だった時、自由気ままに過ごしていたあの頃と比べて、今の方が楽しいと胸を張って言えるだろうか。
……いや、なにを余計なことを考えているんだ、僕は。
もう社会人なんだから、自分が楽しいかどうかなんてことはどうでもいいだろう。
「話を戻す」
ぼんやりと浮かび上がってきた自問自答を飲み込み、毅然とした声色を作って光に語りかける。
「とにかく、大事なのは目の前の提出物だ。将来やりたいことができた時に後悔しないためにも、今頑張りなさい。わかったな?」
「はーい」
なんだか自分の日本語が片言に聞こえるのを感じながら光に背を向け、教室を後にした。
廊下に出ると軽音部の演奏は止んでいて、空調の無機質な音だけが周囲に漂っていた。
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