いつか今になる将来を、僕は歌う。

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 ※ ※ ※  職員室に戻った僕は、「ストレス軽減」を謳うチョコレートで疲労を誤魔化しながら、試験問題作成を再開した。 「よしっ、帰るか!」  隣のデスクの岩上(いわがみ)和子(かずこ)先生の独り言を片耳に入れつつ、ワードファイルに英文を打ち込んでいく。  荷物をまとめる岩上先生の姿を視界の端に捉えながら作業を続けていると、近藤先生の声が聞こえてきた。 「岩上先生、ちょっといいかな?」 「あ、すみません、私もう上がります」 「え、もう?」 「はい」  首肯しながら壁時計を指差す岩上先生につられて、なんとなく僕もPCの時計に目をやる。  十九時過ぎ。定時はとうに過ぎているから、今退勤しても法的には全く問題ない。 「今日締め切りの仕事は全部終わってますし」 「今度の研修の資料を作ってほしいんだけど」 「今日じゃないとダメですか?」 「うーん、ダメということでは……」 「じゃあ来週以降あらためてお話お願いします」  近藤先生の眉がピクッと動いたのを気にもとめず、有無を言わせぬ口調で話し続ける岩上先生。 「来週は、水曜日と木曜日は比較的時間あるので、月か火にお話いただければ資料まとめられると思います」  ではお疲れ様です、と頭を下げた岩上先生が、まだなにか言いたそうな近藤先生に背を向けてまっすぐ職員室を出る——。  かと思いきや、なにを思ったかその細い五本の指が、僕の左肩を力強く掴んできた。 「ほら、森谷先生も!」 「えっ?」  コーヒーを入れて、これから集中しようと構えていた僕は、突然の呼びかけにフリーズする。 「定時過ぎてるし、帰るよ」 「すみません、まだ試験問題作成が」  どれどれ、と言って岩上先生が僕のPC画面を覗き込む。 「そこまでできてるんだったら、あとは来週でもいいじゃん! ほら、残業ばっかしてないの」  岩上先生の勢いに押された僕は、PCを閉じて荷物をまとめる。  挨拶の瞬間以外はなるべく近藤先生と目を合わせないようにしながら、そのまま岩上先生の後に続いて職員室を出た。
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