いつか今になる将来を、僕は歌う。

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 ※ ※ ※ 「どう? 森谷さんは仕事慣れてきた?」  職業を周囲に悟られないために「さん」づけに切り替えた岩上先生が、ワイングラスを片手に問いかけてくる。  半ば強引に職員室から連れ出された僕は、そのまま岩上先生行きつけの洋風ダイニングバーに連れ込まれていた。 「いやー、正直まだ難しいですね。効率的に動くことができなくて」  仕事が片付いていない不安に苛まれつつも、久しぶりとなる他人との外食に、少しずつ心がほぐれるのを感じていた。  思い返せば、赴任してからほとんど家と学校の往復しかしていなかった気がする。 「岩上せんせ……さんは、いつもテキパキ仕事を進められていて、ほんとすごいです」  岩上先生は、十九時か、早い時には定時近く、十八時にならないうちに帰ることもある。  日々雑多な業務に追われている教員の中では、珍しい存在だった。 「まあ私もね、新人の頃は、小テストとか毎回丁寧に作ることにこだわってめちゃくちゃ時間かかったりしてたな。だけど、残業しすぎて一回体調崩したんだよね」 「そうだったんですね」 「そっからは、やらなくていい仕事をダラダラしないようにして、短い時間で必要な業務がちゃんとできるように頑張ってる。まあそれでも、定時は実際ほぼ無理なんだけど」  そう言って岩上先生が悔しそうに苦笑いした。 「なんか」  岩上先生が過去の失敗談を打ち明けてくれたことで安心感を覚えて、今まで漠然と抱えていた感情を、言葉として組み立ててみた。 「先生方みんなずっと残って仕事してますし、先に帰ったら申し訳ないって思ってしまうんですよね」 「おかしいじゃん」  僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、岩上先生の唇が素早く動いた。 「残業代見込みで給料もらってるとはいってもさ、どう考えても割に合ってないよ。近藤さんとか、いっつも夜十時くらいまで残ってるらしいけど、いつ自分の子供と会話してるんだろうね」  ため息交じりの声が耳に流れ込むうち、脳内にじわじわと灯がともっていく。  教員生活を送るうち、自分でも気づかないままぼんやりと抱いていた違和感。   灯に照らされてはっきりと現れたその輪郭を、頭の中で眺めてみた。  管理職やベテラン教員の中でも、近藤先生は特に労働時間が長いことで知られている。  たしかに、身を粉にして働いている彼は、学校全体への貢献度も大きい。  だけど、誰かがプライベートを犠牲にして働く仕組みは、組織として適切なあり方なんだろうか。
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