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定期テストが近くなり、生徒たちはいつもよりも少しだけ授業を真剣に聞いているように見える。
英文を黒板に書き終えた僕は、教室を見渡しながら口を開いた。
「それでは復習ですが、この文の訳を答えてくれる人はいますか?」
窓際一列目の女子生徒が挙手し、淡々とした口調で回答する。
「将来、私はプロ野球選手になりたい」
「その通りです。"In the future"は『将来』ですね」
そこで言葉を切りふと教室後ろの方に目を向けた僕は、一人の男子生徒が机に突っ伏していることに気づいた。
「こら、光」
隣の生徒に小突かれて、その少年——種村光が顔を上げる。
「テストは一週間後だぞ、わかってるのか?」
「はーい」
まるでやる気のこもらない返事をしてシャープペンシルを握る光の姿を見届け、僕は再び手元の板書計画に目を落とす。
——「一週間後」か。
自分で放った言葉が、口の中に重たい感触を残していた。
日々の雑務に追われていて、試験問題作成に手をつけられないまま、気がついたらテスト期間に入ってしまっていた。
未だほとんど白紙のワードファイルを脳裏に浮かべつつ、黒板の上の壁時計に目を向ける。
時刻は十時をわずかに過ぎていた。
今日は、少なくともこの短針が一回転するまで、職員室に残ることになりそうだ。
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