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会社を出た先にある生垣の前、いつものように恋人が笑顔で待っている。
牧瀬臨――二十六歳、営業の花形である一課で成績も優秀、背の高い美丈夫、明るく誰にでも優しい……そんな王子様が、青野佳史の恋人だった。
「……あいつのダメなとこって、男の趣味くらいか?」
十歳も年上の男の上司である自分を選ぶのだから、相当稀有な趣味だろうと思う。
「お疲れ様です、佳史さん」
佳史が近づくと、牧瀬はにっこりと誰もが癒されそうな甘い笑顔を向ける。佳史はそれに頷いた。この笑顔を独り占めしている――そう思うだけで、佳史はふわりと幸せになる。一日の疲れも吹き飛ぶほどだ。
「お疲れ。大分待ったか?」
「いいえ。とりあえず晩飯の材料買って、佳史さん家でいいですか?」
牧瀬の言葉に佳史が頷いた時だった。
牧瀬のポケットからスマホの着信音が響いた。佳史は目顔で電話をしてもいいと合図しながら歩き出した。
隣を歩きながら牧瀬が電話に出る。どうやら仕事の相手らしい。
「はい、そうですね。はい、そちらの件に関しましては、お電話よりも直接お店にお伺いして……」
漏れ聞こえてくるのは、女性の声だった。仕事の話だったのだろうが、聞いているうちになんだか違う話になっているようだ。
「ええ、そうですね。もちろんお誘いは嬉しいです。けど、本当に申し訳ないんですが、しばらく予定が詰まっていまして……はい、ではまた来週、打ち合わせということで」
失礼します、と電話を切った牧瀬が大きなため息を吐く。
「……なんだか面倒そうな相手だったな」
「ええ、まあ……でも大丈夫です。それより、佳史さん何食べたいですか? おれ、何でも作りますよ、週末ですし」
牧瀬がそう言って微笑む。
きっと、さっきの電話はどこかの取引相手だろう。そして、個人的に会わないかという誘いだったに違いない。
迷うことなく断ることができる牧瀬が佳史は誇らしかった。そして同時に嬉しくて、この人を手放してはいけないと強く思う。
自分にとって、この恋は最後の恋。こんな最高な相手に巡り合うことなど、この先きっともうない。
「……お前」
「え?」
「だから……お前が、食いたい……」
こんなこと、言える自分ではなかった。けれど、これで牧瀬が喜んでくれて、自分にときめいてくれるのなら、プライドも恥ずかしさも簡単に捨てられる。
さすがに牧瀬の顔は見れなくて足元を見つめていると、ふいに右手が取られた。顔を上げると嬉しそうな牧瀬の顔がある。
「帰りましょう、佳史さん」
手を握り早い足取りで牧瀬が歩き出す。
「牧瀬、こら、手離せ!」
「気にしないでください」
「いや、俺は気にする!」
「周りなんて、案外見てないですって」
走り出した牧瀬に引かれ、佳史も走り出す。これ以上何を言ってもきっとこの手は解いて貰えない。佳史は大きなため息を吐いてから牧瀬の嬉しそうな横顔を見つめ、小さく笑んだ。
佳史の家に着くと、転がる様にベッドへと佳史を組み敷いた牧瀬は、上がった息を整えながら口を開いた。
「すみません、嬉しすぎて……ここまで来ちゃいました……おれも佳史さんが食べたくて」
額に汗が滲んでいる。暗い部屋の中でも分かる、ぎらついたその双眸に、佳史の背中がぞくぞくと戦慄く。
「そんなもの欲しそうな顔、外でしてきたのかよ」
恥ずかしいヤツ、と佳史が微笑んで牧瀬を見上げる。
「だから、おれは周りなんてどうでもいいんです。佳史さんが嫌じゃなければ」
「……よそでそんな顔するなよ」
「おれが欲しいのは佳史さんだけです」
牧瀬はそう言うと、佳史にキスを落とした。初めは軽く唇に、それから頬と首筋に、そして耳朶を甘く噛む。
「愛してます、佳史さん」
耳元で囁かれる言葉は、佳史の中にするりと入り、融けて媚薬のように体を熱くする。
「俺もだよ」
佳史が答えると、牧瀬は嬉しそうに微笑んで、今度は貪るようなキスをした。
本当に毎日が愛しい、佳史にとって永遠の春のような日々が続いていた。
もちろんこの先も続くのだと、そう思っていた。
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