第1章

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   その日は、小さなぬいぐるみを失くした。  高校のカバンにぶら下げていた、テディベアのストラップ。  いのりちゃんから貰ったものだ。  去年の私の誕生日に、彼女がその手で作ってくれた。  私の宝物。 (ない……。どこかで落とした? 確か学校を出るときはまだ付いていたはず……)  気づいたのは、帰宅してすぐのことだった。  なんとなくカバンが軽いな、とは思ったけれど。  まさかよりによってコレを、このタイミングで落としてしまうなんて。  すぐさま家を飛び出した私は、もときた道を小走りで戻った。  どこかで落としたのなら、この道なりにあるはず。  幸い、家から学校までは歩いても三十分ほどの距離だ。  急いで探せばきっと見つかる――と、甘く見ていた私がバカだった。  かれこれ二時間ほどは探しているけれど、ストラップの姿は一向に見当たらない。  西の空は段々と赤みを帯び、辺りは少しずつ暗くなっていく。 「な、なんで……」  思わず泣きそうになった。  すでに通学路を二往復した私の足は震え始めていた。  走るのに疲れたからというよりは、悲しくて仕方がなかったからだ。  よりによって、このタイミング。  いのりちゃんとは昨日、生まれて初めての大ゲンカをしたばかりなのだ。  幼い頃からずっと一緒だった私たちは、たまに軽い言い合いはすることがあっても、ここまで大きなケンカをしたことはなかった。  そして、今日もまだ仲直りはできていない。  このタイミングで、彼女からの大事なプレゼントを失くしてしまった。  毎日カバンにぶら下げていたストラップを、ケンカしてすぐに外してしまう――それはきっと、いのりちゃんからすれば、私の挑発行為にしか見えないはずだ。  早く仲直りがしたいと思っている私の本心とは正反対の行動である。 (悪いことって、どうしてこう重なるのかな……)  運が悪い、なんて思いたくはないけれど。  それでも神様を呪わずにはいられなかった。  溜息を吐いてから天を仰ぐと、ぽつりと鼻先に水滴が落ちてくる。 (もしかして、雨?)  
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