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やっと口を開いた彼女からの返答は、私の予想とはまったく違っていた。
思わず、彼女の腕を掴んでいた手を緩めると、途端にその細い腕はするりと私のもとから離れていく。
そのまま後ろへ一歩下がった彼女は、私と微妙な距離を保ったまま、睨むような目をこちらに向けた。
「絵馬ちゃんはいつもそう。自分のことは二の次で、いつだって人の心配ばかりしてる。……あのときだってそう。あの日、車に轢かれそうになった私を道の端へ追いやって……そのまま、自分が轢かれそうになってたでしょ?」
(そう、だっけ?)
言われて、私は当時のことを振り返ってみる。
けれどあまりにも一瞬のことだったので、はっきりとは思い出せない。
車は、気づいたときには私たちのすぐ後ろにいて。
咄嗟に、いのりちゃんの腕を掴んだことだけは覚えている。
「絵馬ちゃんは、人の心配ばかりして……自分自身を蔑ろにしてるんだよ。それを自分で気づいていないからタチが悪い。私なんかと一緒にいたら、絵馬ちゃんはきっと……いつか死んでしまう」
「!」
一緒にいると、いつか死んでしまう――それはまるで、私がまもりさんに対して抱いていた不安と同じだった。
「私は……絵馬ちゃんのことを傷つけたくない。この気持ちは、わかってもらえなくたっていいよ。このままずっと仲直りができなくたって、私は……絵馬ちゃんが元気でいてくれるなら、それでいいから」
言い終えるのと同時に彼女はこちらに背を向けると、そのまま走り去ってしまった。
「いのりちゃん……っ」
私の声に、彼女は振り向かなかった。
遠くなる彼女の背中を、私はひとり路上に残されたまま、ただ見送ることしかできなかった。
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