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「それで、お店の方はどうですか。あれからお客さんは増えました?」
他愛もない会話の中で、私はそれとなく尋ねてみた。
本当は、『待っている相手は訪れたのか』と聞きたかったのだけれど、ピンポイントでそんなことを聞くと怪しまれるかもしれない。
彼の失われた記憶について触れることは、流星さんに禁じられている。
「残念ながら見ての通りだよ。やっぱり、この店には入りにくい雰囲気があるみたいだね」
まもりさんは自分で淹れた紅茶をすすりながら言った。
茶葉の苦味をこれでもかと凝縮したその液体を吐き出さずにいられるのは、もはや正気の沙汰とは思えない。
「……どうして、こんな森の奥にカフェを開いたんですか?」
少し際どい質問だったけれど、恐る恐る尋ねてみた。
こんなひと気のない場所にお店を開いたって、そう簡単にお客さんが来てくれるはずはない。
それはまもりさんだって最初からわかっていたはずだ。
もともとは人との関わりを絶つために、流星さんが用意した場所なのだから。
けれど、ここをただの家ではなくカフェにしたのには、何か意味があるような気がする。
「さあ、どうしてだろうね。別に明確な理由があるわけじゃないんだけれど、ただ――」
彼はそう前置きしてから、薄明かりの差す窓の方を見つめて言った。
「ここで待っていれば、いつか会えるような気がするんだ。僕がずっと会いたかった人に」
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