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「ありがとう紅君……嬉しい……」
「そうか……よかった……」
紅君がもう一度、私の唇に自分の唇を重ねようとした瞬間、背後でバタンと扉の開く音がした。
「千紗! いいかげんにして! って……ああっ! 紅也君? ……ダメだよ! 式の前にこっそりいちゃついてる新郎新婦なんて……聞いたことないよ!?」
美久ちゃんが大声で叫んだせいで、ドアの向こうには次々と人が集まってくる。
「どこにも姿が見えないと思ったら……何やってるんだよ、紅也……」
ため息をついた蒼ちゃんと。
「紅兄ちゃん……?」
驚いたように目を見開いている翔太君。
必死に笑いを噛み殺している紅君のお父さんと、ちょっとホッとしたような顔の小野寺牧師。
翔太君以外の『希望の家』の子供たちも、あちらこちらから顔を出す。
「ごめんなさい! すぐに行くから!」
慌てて窓に背を向けた私を、紅君が窓越しにトンとあと押しした。
「じゃあ、チャペルで待ってる……俺の花嫁さん……」
おそらく今日だけの呼び名に、ドキリと胸を弾ませてふり返ると、紅君はもうどこにもいなかった。
だけど不安になることはない。
またすぐに会えると確信を持ち、廊下に集まった以外の皆が首を長くして待ってくれている場所へと、私は歩き出す。
「ちい姉ちゃん、綺麗……!」
女の子たちの感嘆の声を嬉しく聞きながら、笑顔で歩み続ける。
屋外に設けられた簡素なチャペルにたどり着くと、叔父にエスコートされてこれから私が一歩を踏みだす長い赤絨毯の先には、紅君がもう姿勢を正して立っていた。
その姿にドキドキする。
声には出さず『ちい』と口の形だけで呼ばれ、なおさらドキドキする。
私を待つ紅君の笑顔にも負けないほどの笑顔を、私も彼へ返した。
よく晴れた空に響くのは、私たちへの祝鐘。
まるでライスシャワーのように、風に吹かれて私たちの上へ舞い降りるのは、紅君と二人で何度も見上げた桜吹雪。
全てが優しく。
何もかもが私たちの門出を祝ってくれているかのような中。
私は静かに紅君のもとへたどり着き、私の手は叔父から紅君へと手渡された。
「絶対、幸せにします」
紅君の小さな呟きに「ああ」と返事した叔父の声が、これほど涙声になるとは思っていなかった。
だから決意する。
たとえこれから先どんなことがあったとしても、私は絶対幸せになろうと、必死に努力すると決心する。
(ありがとう、叔父さん……! 叔母さん……!)
涙は見せず、ずっと笑顔であり続けることを心がけながら、私は紅君と繋いだ手に目を向けた。
(これからは一緒……ずっとずっと一緒!)
――ただそれだけで、私はおそらく、どんなことだってできる。
全てを失った私は、一番大切でかけがえのない人を手に入れた瞬間、全てを取り戻した。
――それはまるで奇跡のような、だけど真実の初恋物語。
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