ひとり

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ひとり

退院後、わたしの心配をよそに、出産の準備は着々と進んだ。 「俺に出来るのは、これだけだから……」 夫は、相変わらず優しい人だ。姑もわたしの妊娠を喜び、電話をかけると優しい声音で気遣ってくれた。 「お盆は、帰らんでええからね? 体、大事にね?」 「……ありがとうございます」 姑の優しさに甘え、里帰りは延期になった。 時間は、ゆっくりと穏やかに過ぎてゆく。 やがて、お盆も過ぎた。けれど風鈴が鳴ることはなく、お線香の煙が揺れることもなかった。 彼はもう、ここには来ないのだ。 わたしは、ついに彼との別れが来たのだと気づいて、寂しく思った。 買ったばかりの産着を広げ、まだ膨らんでもいないお腹を撫でる。 「お願い。どうかあなたは、わたしを一人にしないでね?」
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