8人が本棚に入れています
本棚に追加
一年後
一年後。
部屋に響き渡るのは、赤ん坊の泣き声。広がる香りは、甘いミルクの匂い。
夫は、タバコを辞めた。そしてわたしは約束通り、蚊取り線香をつけなくなった。
「はいはい。泣かないの」
ぐずる我が子を抱きかかえて、あやす。子をあやすのも、ずいぶん慣れた気がする。
「あゆみ。ハガキ着てたよ」
「誰から?」
手が離せないので、夫に差出人を確認してもらう。
「えーと、小原愛美さんから。ご出産、おめでとうございます。諸事情により、お伺いする事は出来ませんが、心よりお祝い申し上げます。だってさ」
お義姉さん……。
懐かしい名前と、祝いの言葉に。胸がつまり、喜びが込み上げる。
彼の繋いでくれた縁は、簡単に切れたりしない。別れとは、辛く悲しいだけのものではないのだ。
我が子の顔を眺める。本当に、愛おしい。本当に、可愛らしい。
「あゆみ。そんなに、会いたかったの? 急に、泣き出して」
いいえ。いいえ。
そんなんじゃないの。本当の本当に、未練なんて無かったのよ。
ただ、ニコニコと笑う我が子のえくぼに、懐かしさを感じただけなの。
最初のコメントを投稿しよう!