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修 練
ここは樹木が密集する裏山の中に人の手によって作られた区域。
決して常人が辿り着く事が出来ないように、数々の仕掛けや罠が施されている。
そこに無断で立ち入って命を落とした者は一人や二人では無かった。それが周知されてからは、近づくものはもはや、いない。
数々の罠を抜けると、小さく切り開かれた広場と小屋が見える。この場所はヒロ達の特訓の為にネーレイウスが作った修練場所兼居住場所である。
「やー!」ヒロは大きな掛け声を上げながら木刀を力一杯振り下ろす。
対峙する少女、カルディアはそれを真横に構えた木刀で受けた。
そのまま睨み合う二人。互いに相手の呼吸を読み合う。
カルディアが木刀を弾いた勢いを受け止めて利用するように、ヒロは地面を蹴り宙に舞いあがる。
その弧を描くヒロの美しい姿にカルディアは一瞬目を奪われた。
宙から放ったヒロの一撃をかわすとカルディアはヒロが着地した瞬間を見逃さず、その軸足を払うように蹴りを放った。ヒロは木刀を落として、そのままバランスを崩し地面に大の字で倒れてしまった。カルディアは大地に倒れるヒロに木刀を振り下ろす。
「そこまでだ!」ネーレイウスの声が聞こえた。カルディアは、木刀をヒロに当たる寸前に止めた。
「いや、まだ!まだだ!!」ヒロは足の痛みと地面に打ち付けられた胸の痛みを我慢しながら立ち上がろうと試みる。
しかし、思いの外ダメージを受けたのかその場に膝をついてうずくまってしまう。
「また、私の勝ちね」カルディアは得意気に木刀を両肩に天秤のようにかけるとニヤリと笑って口笛を吹いた。
「な、なに!ま、まだ俺は負けてねえよ!!」ヒロはふらつきながら立ち上がり素手のまま構えた。
ヒロのその行動にあわせてカルディアは木刀を目の前に構える。
「二人ともそこまでと言ったであろうが!今日はカルディアの勝ちだ。ヒロ、お前は不用意に宙に舞い上がるな。空中で攻撃されたらかわしようがないだろうが」ネーレイウスは拳骨でヒロの頭を軽く叩きながら窘めた。
「痛っ!」ヒロは納得いかない顔を見せた。
「昼を食べてからは格闘術の訓練だ。お前の得意分野だろ。さあ、二人で食事を用意してこい」ヒロの落とした木刀を拾い上げながらネーレイウスは二人に指示をした。
「ふふーん、ヒロはまだまだ未熟ね。そんな事では任務を与えられるのは遠い先ね」カルディアは得意満面の顔でヒロを見た。二人はそれぞれの手に薪を持ちネーレイウスの家に運んで、それぞれ食材を捌いている。
「なんだよ!1回勝ったくらいでいい気になるなよ!」ヒロは悔しそうな顔をして彼女の顔を睨み付けた。
「へー、1回ですって、剣術なら私に勝てるのは5回に1回位じゃなかったっけ?」手に持った包丁をキラリと輝かせた。
「うっ……」ヒロは言い負かされたように押し黙った。
「でも、あなたの格闘術は凄いわ。私はてんで敵わない。でも相手を瞬殺するという意味ではあなたの拳は剣術に勝てないわ」カルディアは言いながらジャガイモの皮を器用に剥いている。
「そうだな……」ヒロは野菜を分断していった。
「いただきます」カルディアは元気な声で手を合わせる。彼女の傍らには一匹の狼が丸くなって眠っている。その狼の名前はルイ。カルディアの使い魔だ。
この里に住むアサシンたちは、十の齢を迎えるとそれぞれに使い魔が与えられる決まりになっている。
ただ、里ではハグレ者として扱いを受けているヒロには未だ使い魔はいない。
「いただきます……」ヒロの声は小さい。
そして、ネーレイウスは無言のまま、二人が作った料理に箸をつけた。
「前にも聞いたけれど、ヒロって昔の事を覚えていないんだよね?」カルディアは喋りながらも料理を口に運んでいく。彼女の食欲は旺盛で油断しているとヒロの分が無くなる位である。この食事中の会話も彼女の食事のペースを落とす為の策略ではないかと勘ぐってしまう時があるくらいだ。
「ああ、俺はこの森をさ迷っている時に爺に拾われた。覚えていたのはヒロという名前だけだった。もう、七年も前の話しだ」ヒロは言いながら先ほどカルディアが切っていたジャガイモを口の中に放り込んだ。
大雑把に大きく切り残している為か、芯まで煮えていないようであった。それはもう日常茶飯事のような事なので一々文句を言うのも面倒臭くなっていた。
「そうなんだ、それから二人で暮らすようになったの?」相変わらず食欲は旺盛だ。
「ああ、そうだ。俺は一人前の男になるように爺に武術を教えてもらっているんだ」ヒロは何故か少し得意気な表情をみせた。
「さっさと食べたら、次は格闘術と術式の訓練だぞ」ネーレイウスは箸を置き立ち上がると、小屋のほうに歩いて行った。
「相変わらず師匠は少食ね」二人は競うように残った食材をたいらげた。
「はぁぁぁぁ!」ヒロは呼吸を整える。両足を八の字に置き少し膝を曲げていた。
「ほう」ネーレイウスは少し感心したような声を出した。
「ふん」その声が気に障ったようにカルディアは軽く鼻を鳴らしてから警戒なフットワークを始めた。
ヒロはゆっくりと右足を後ろに引いて両手を開き目の前で構えた。戦闘体制に入ったというところであろう。
「なんだかシャクにさわるわね!」カルディアが前に踏み込むとヒロは少しだけ後ろに移動する。彼女の蹴りがヒロの顔面を襲った。ヒロは頭を軽く後方にずらせて鼻先でそれをかわした。彼女の足とヒロの鼻の距離は数センチといったところであろう。
カルディアは体制を立て直すとリズム良く拳を繰り出してくる。彼女の一発目の拳はヒロの顔面を、二発目は胸の辺りを狙っている。ヒロは頭を軽く傾けて一発目を反らし、二発目を前構えた左手で軌道を変えてから、右手を彼女の腕に絡めた。そのまま、体重移動して腰を少し下に降ろすと、カルディアの体は地面に仰向けになる形となった。ヒロは軽く彼女の顔面への拳での攻撃を寸前で止めた。
「くっ!まだ、まだよ!!」カルディアは転がりながら逃げると、先ほどと同じようにフットワークを始める。
対するヒロはドシっと構えて不動の状態であった。「こいよ!」言いながら掌を上に向けて軽く手招きをした。
「ヒロのくせに!生意気なのよ!!」カルディアはヒロの腹の辺りに向けて前蹴りを放った。ヒロがそれを捌こうとする。「かかったわね!」彼女はその蹴りが当たる寸前に引き戻したかと思うと、後ろに振り返りジャンプしながら飛び後ろ回し蹴りの体制に入った。しかし振り返った彼女の視線の先からはヒロの姿が消えていた。「えっ!?」
ヒロは飛び上がったカルディアの後ろに回り込むと彼女の上着の後ろ襟を着かんでから地面に叩き落とした。
「くっ!!」カルディアの表情が苦痛に歪む。
「さっき、不用意に宙に飛ぶなって言われたばかりだろ」ヒロは倒れたカルディアの顔を覗き込んで笑った。
カルディアは悔しそうな顔をして目に少し涙を貯めている。
「よし、格闘術はそこまで!次は術式だ」ネーレイウスは気持ちを切り替えるかのように、大きな音で一回だけ手拍子を打った。
二人は並んで立っている。その視線の先には二つの小さな丸太が立てられている。
「今日はあの丸太を、お前達の術式で倒すのだ。倒せた者から今日の稽古は終了だ。」そう言い残すとネーレイウスは用意していた椅子に座ると目を閉じた。
二人は右手を丸太に向けて突き出すと念を込めるように視線を丸太に集中する。丸太が動く様子はなかった。
「丸太を物と思うのではない。この世の物は全て同じ原子から出来ていると感じるのだ。そして、その指先から丸太までの空間もお前達の体の一部と意識してみろ。決して考えるのでは無く感じるのだ」しばらくするとネーレイウスは二人にアドバイスを与えた。
「はい!」二人は謙虚に返答を返した。どれだけの時間が経過しただろうカルディアが念を送っていた丸太がゆっくりと宙に浮いたかと思うと彼女腕の動きに同調するように動き出した。
「師匠!出来ました!!」カルディアは歓喜するように飛び上がった。
「よし!よくやった。暗くなる前に帰りなさい。今晩は筋肉が硬直して眠れなくなるとこの薬を飲んでから寝るといい」言いながらネーレイウスは瓶に入った薬を手渡した。
「ありがとうございます。……あの、もう少し見てから帰っても良いですか?」カルディアは顔を少し赤くするとうつむいた。
「判った。好きにするがいい。だがヒロはいつまでかかるかは解らんぞ」そう言い残してネーレイウスは姿を消した。
カルディアは、先ほどまでネーレイウスが座っていた場所に腰かけると頬杖をついて、ヒロの様子を眺めた。その隣には使い魔のルイが大人しく座っている。
ヒロは丸太に意識を集中し続けたが、結局それが動く事は無かった。
すでに日は暮れて修練場の場所も真っ暗になっていた。
「ヒロ!今日はもうよい。終わるぞ」ネーレイウスが声をかけた。その声を聞いてヒロは疲れのあまり膝を地に付けて崩れ落ちてしまった。
その両目には悔しさのあまり涙が溢れだしていた。
いつの間にかカルディアは帰ってしまったようで彼女の姿は既にそこにはなかった。
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