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24、素顔 ②
シリアンは内に秘めた強いエネルギーのほとばしりを押さえて形を作る。
癖のない美しい射形から放つ第一矢は、30メートル離れた的を大きく外した。
びいいんと空気を震わせその弦音が、リシュアの頬を昨夜に触れた彼の息の余韻のごとく、なぜていく。
暴弓に嘆息が広がった。
だが気にした様子もなくシリアンは一歩退くと、続いて、控えていたブライアンが立ち上がった。
シリアンと違い癖のある射姿であるが、その矢は的の端にかろうじて中る。
再びシリアンが立ち、ぎりぎりと引き絞った。
だが今度もその矢は的を僅かに外してしまう。
再び残念なシリアンの射に嘆息が起こる。
続いて、真剣な顔のブライアン。
シリアンとブライアンは交互に互いの的を射るようである。
「これは、何をしているの?」
「シリアンさまとブライアンのガチンコ対決勝負!ブライアンが挑んだんだよ」
「何でそんなことに、、、?」
ブライアンの暴挙にリシュアの戸惑った。
クラスの男子は興奮した目でリシュアを見た。
皇子を学生の自分たちが負かす期待に燃え上がっていた。
「何でって、あんたがブライアンを相手にしなかったからだろ?だから、この勝負にあんたとの、、、」
わあっという大きな歓声。
ブライアンが中心の小さな赤い丸の二つほど外側の円の内側に矢を射込んだのだ。
中心円に近いほどポイントは高くなる。
10本射かけて、総合ポイントを競う勝負である。
ブライアンはちらりとリシュアを見た。
リシュアの視線を捕らえて快心の笑みを浮かべる。
勝負にかけられたのはリシュアとのデート。
「男ふたりがデートする権利を掛けて勝負するなんて、素敵ねえ、、、」
サラージュがクラスの男子の言葉を聞いてうっとりとしている。
「ブライアンは本気なのに用事があるからといっていつも帰宅していたからねえ、リシュアは」
「わたしはそんなに暇ではないのよ」
こんな学院中を大騒動に巻き込んでも、ブライアンは一歩も引く様子はない。
リシュアとデートがしたい云々よりも、うまくいけばむしろ、皇子に対しての自己アピールにもなるのだ。
シリアンの射的の精度は射る度に上がっていく。
ブライアンは、射形はまだ未熟なところがありながらも、シリアンのさらに上の結果をだしていく。
このままではブライアンとデートすることになりそうな結末が見えてくる。
15歳の少年に負けて養い子をデートに行かせるよりも、負けること自体の方が情けないとリシュアは思う。
シリアンは押さえすぎなのだ。
身体の内をめぐる力をちいさなところに閉じ込めて解放できないでいるような気がする。
リシュアはいてもたってもいられなくなった。
シリアンはもっとできるはずだった。
こんな学生相手に恥をさらす男ではないのだ。
苛立ちのようなまどるっこさが喉に絡む。
「ダビド!シリアンさまの弦が緩んでいるから調整して。弦音がおかしいわ!」
リシュアは観客を威嚇するダビドにもやもやの塊を吐き出した。
女に何がわかるという顔をしながらも、ダビドもおかしいと思っていたのだろう、素直に小さな休憩を要求し、シリアンの弦を固く結び直す。
シリアンの完璧なフォームは的を狙う角度を定める。
引き絞る強さ、呼吸。
緊迫する空気。
じっと見ているとシリアンの内側の巡るエネルギーが矢の先に集中するのが見えるような気がする。
やはり強いとリシュアは思う。
そんな内側から輝くような光を見たことがない。
だが、正確に体を使い弦を調整し、角度も強さも正しくても、シリアンの矢は的に中るが中心の外である。
まだ強引な打ち込みをするブライアンの方が良く中るのだ。
リシュアはシリアンを観察する。
シリアンは弓場の脇にある木立の枝の揺れを見て風の影響の微調整を加えている。
だが、枝葉が揺れるのを見て調整するのでは遅いのではないか。
風を読むには、もっと五感を鋭くする必要がある。
空の青さ高さ。
小鳥のさえずり。
ずっと遠くの下草の揺れ。
そして五感以外の感覚も鋭敏にする。
さざ波のように風はこちらに滑るように走ってくる気配がある。
その到達するタイミングを計り、鏃の先の向きを変えるのだ。
「これを外したら残念ながらシリアンさまの負けね。こんなに公然と勝負の結果がでたら拒絶できないでしょう。でも、本当のところブライアンとデートもいいんじゃない?まっすぐに彼はあなたを見ているから、リシュアだって少しばかり、よそ見をしてもいいんじゃないの?」
サラージュがわかったように言う。
だがそんな言葉に構っていられない。
リシュアは養父の無様な負けなど見たくなかった。
「シリアンさま!向かい風が来るわ!」
考える前にリシュアは叫んでいた。
緊張の限界近くまで矢を引き、狙いすまして放とうとしたシリアンのリズムが乱れた。
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