第1話 記憶界に入場

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第1話 記憶界に入場

────目を開けると、柔らかな夕陽が差し込んでいる。 そこは庭だった。 小さな庭だが、すくっとそびえ立つ数本のひまわりが目をひく。 ああ、このひまわりたち…… 久しぶりだね。 幹が太くて咲きっぷりの良い、あいかわらず立派な大輪のひまわりだ。 オレ様はこのひまわりが懐かしくて、すっごく感動していた。 あれからずいぶん経っているから、あの時のひまわりの子か孫かひ孫か、いやいやもっと代を重ねているだろう、なんてことを考えていた。 だからハナのことをすっかり忘れていた。 ハナは、そのひまわりの下で腰を抜かしていた。 なにがなんだかわからず、タマシイが抜けたように、ただただ、ぺたんと腰を抜かして、つぶやいた。 「ここ……………………………………………どこ?」 「らんの家」 オレ様は縁側の向こうの和室が気になる。 「らん…………………………って?」 「さっきのおばあちゃん。駅にいた」 三十秒くらい、ハナはぽかんとしていた。 そのあと、突然ぴょんと後ろ足で立ち上がった。 「いやいやいやいや、いやいやいやいや」 深呼吸をゆっくり一つして、いきなり一気にまくし立てた。 「そういうコトじゃないっしょ、っていうか、何これ?! 今あたしたち駅にいたよね! いましたよね! それにね中村玄、あなたのその、えっと、サイズというか大きさというか、あなたふだん熊なみの大きさでしょ、ていうか熊よね、白黒の。今はなに? 動物園のおみやげ屋さんで売ってるぬいぐるみのパンダじゃないんだから! なんで縮んだの? ていうか、なんなのよこれ! これもそれもあれもどれもぜーんぶ、いったいぜんたい、そもそもだいたい、何が起こってるのよぉっ!?」 ハナは、涙と鼻水をたれ流して、両手を大きく広げたり振り回したり激しいとまどいと怒りと混乱をぶつける。 無理もない。当然だ。わかるわかる。 だから最善の策として、オレ様は無視することにした。 そんなこといちいち言葉で説明したってどうせわからんし。 なんていうか、こういう理解の範囲をはるかに超えることは、言葉より体験だし。 って思う。 体感だぜって。 オレ様と行動を共にすれば体感ってやつでなんとなく理解できる様になるさ。 理解というか、なんていうかなぁ、あ、そうだ、順応ってのが一番ぴったりくるな。 順応だ、順応。 そんなことより和室だ。 和室には布団が敷かれていて、ひとりのおじいさんが静かな寝息をたてている。 ……あのおじいさん……あぁ……徳さんだ……年とったなあ…… らんおばあさんは、枕元に正座して徳おじいさんにうちわで風を送ってる。 ハナは絶望的に顔をゆがめて悲痛につぶやいた。 「ああ、わかった。あたしたち、死んじゃったのね。おばあちゃんと一緒に電車にひかれちゃったんだ。だから、ここは、あの世なのね……グスッ……」 顔を手でおおってさめざめと泣き始めたので、しょうがない、信じられないだろうけどとりあえず教えてあげた。 「ここは、記憶界だよ」 オレ様は、和室から目を離さずにさらりと言う。 ここは上野だよって感じで、できるだけさらりと。 「え」 「うん。ここは、らんの記憶の世界。オレ様はシッポを振ると相手の記憶の世界に入ることができるんだ」 こういうことはさらりと言うに限る。 ハナは、「うそ!」とも「ほんと?」とも言わない。呆然とただ言葉を失っていた。 そりゃそうでしょうよ。 ここは記憶界です、って言われてもね。 さっきまでいた動物園や駅の世界とちっとも変わらないし。 だいたい、記憶界って何なのって思うよね、SFかよって。 でも、でもね、ここは記憶界なんだ。 「あら」 らんおばあさんが庭に目を向けた。というか、オレ様を見た。 「徳さん、ほら、見えますか?」 徳おじいさんも首を回して庭のオレ様を見た。 「……ほお……白黒…だね」 「ええ白黒ですよ。どこから入ったんでしょうね」 夕風が吹いて、すっきり伸びたひまわりがわずかに揺れた。 庭には小鳥がやってきて、小さくさえずっている。 縁側に吊られた風鈴の涼やかな音色。徳さんの表情が、ほんの少しだけ動いた。 「ああ……らん……あの白黒……」 徳さんの言葉は、ただの「白黒」から、「あの白黒」に変わった。 思い出したようだ。 「ええ……徳さん……あの白黒ですね」 らんもそう言って、懸命に何かを考えている。 「あの白黒、初めて見るのになつかしいわ」 そうだね、初めまして……って、なんでやねん。 初めてじゃないだろと心の中でツッコミを入れる。 ふたりとも幽霊でも見たような顔で白黒のオレ様を見ている。 はるか遠い記憶の中から何かを探し出そうとしている。 がんばれ、らん。思い出せ、徳さん。 ……でも、二人はあきらめてしまった。 たどり着けなかった。 徳さんは疲れて目をつむってしまった。 ヨシッ。 オレ様はシッポを振り始めた。 気合を入れてシッポをピュンピュン振りながら、まだ呆然としているハナを抱きしめた。 「あ」とハナ。 「体感だ。順応だ」とオレ様。 すると────
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