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戦士ハールの決意
長く続いた物語が今、終わりを迎えようとしていた。
ここは魔物を統べる長が鎮座する王城の最奥。
死闘を演じていた勇者、戦士、僧侶、魔法使いが各々持てる力を出し尽くし、そして最後の一撃を放たんとする者がいた。
「いくぞ魔王!これで最後だ!!」
勇者レリットの聖剣から光が溢れ、煌めく刃となって魔王を襲い、辺りが閃光に包まれる。
その様子を、後ろから感慨深い表情で見ている戦士ハールは思った。
やっと戦いが終わる。ここまで長かったなと。
「おのれ!…おのれ、この私がお前らなどに…!」
魔王は全身に勇者の光刃を受けながら最後の言葉放った。
「だが…これで終わりだと思うな! お前たちに、安息の日々は訪れないと思え…!!」
死散する直前魔王は右手を天高く構えると、その手の平から魔力を放出し四方八方に拡散させた。
その紫色の光はさながら、流星群のように空を覆いつくし世界のあちこちへと散っていった。
勇者一行は魔王討伐の岐路の途中で、これからのことを話し合っていた。
「魔王倒しちゃったけどさー、最後の光はなんだったんだろうね」
「見たことがない光でした。よくないことの前ぶれではないといいのですが」
魔法使いのフェアがお気楽な感じで話す一方、僧侶のウィダはどこか不安げである。
「確かに気になるね。王都に帰ったら情報を集めよう」
パーティーリーダーの勇者レリットが、そう口にした。
レリットの言う通り、おれもそのことを考えていた。
魔王討伐を成功させた喜びはもちろんあるが、最後に放った光が一抹の不安を煽る。
最大の強敵を倒したのだから、そこまで大事にはならないと思うが油断は禁物だ。
「ところで、みんなはこれからどうする?魔王を倒してじゃあ解散は寂しくないか」
「私はレリットと一緒にいれれば何でもいいよ~」
「フェア!あなたはまたそうやって!レリット様、私もどこまでもお供します!」
「ウィダこそレリットに付きまとってるじゃん。レリットはあんたみたいな堅物好きじゃないってさ!」
レリットの問いかけがきっかけで、フェアとウィダが言い争いを始める。
もう散々見てきた光景だが、このままだと収拾がつかなくなるので仲裁に入らないといけない。
ほんと損な役回りだよ。
「二人とも喧嘩はやめてくれ。フェアにはフェアの、ウィダにはウィダのいいところがあるんだから優劣なんてないよ。」
このセリフだけ切り取れば、まるでおれがモテてモテて仕方ない感じが出ているがそんな事はない。
「ハールはどっち味方なの!?もちろん私だよね。」
「ハール、あなたはとても賢い方です。今までの戦いでもその頭脳を遺憾なく発揮してきました。だから考えずとも自ずと答えはわかるでしょう?」
フェアとウィダが自分の肩を持つように訴えてくるが、ここで一方を立てれば争いが激化するだけなのでそんな愚行はしない。
重ねて言うがこれは、おれを取り合ってる会話では断じてない。
ただただ仲裁しているだけである。ここだけ切り取ればホント、モテモテ主人公なのにな!
「二人とも魅力的だから優劣なんてつけられないって! レリットからも何か言ってくれ」
「ウィダ、フェア。二人とも素敵だよ」
「レリットありがとう~、さすが女心を分かってるね」
「レリット様、ありがとうございます。レリット様に褒められるなんて光栄です!」
なぜだ…おれも同じことを言っているはずなのに…
釈然としない気持ちが生まれた矢先、レリットが提案した。
「僕は王都に帰ったらギルドを立ち上げようと思う。魔王は倒したけど魔物の残党はまだ生息しているし、未踏のダンジョンもある。今度は勇者パーティーではなく、勇者ギルドとして活動していこうと思うんだけど、みんなどうかな?」
「めっちゃいい考えじゃん、さすがレリット!もちろん私も一緒だからね」
「レリット様、素晴らしいお考えです!私もご一緒致しますね」
レリットのいきなりの提案にもかかわらず、フェアとウィダは二つ返事でOKした。
この二人は本当にレリット様第一主義だから、断るなんてことはしないんだろうけど。
「ハールはどうかな?もちろん一緒についてきてくれるだろう」
レリットがさも当然のように問いかけてくる。それもそうだ。
魔王を倒すまでずっと苦楽をともにしてきたのだから。
これからも一緒だと思うのも当然だろう。
だけど…
「ハールもギルドで活動するでしょ?これからもみんなで楽しくやろうー!」
フェアが屈託のない笑顔で問いかけてくる。
ほんとにそのかわいい笑顔と天真爛漫さにどれだけ癒されたか…
でも、いまはその笑顔が心をキリキリと締め付けてくる。
「ハール、あなたの力も必要です。また一丸となって頑張りましょう」
ウィダの清廉さを感じさせる容姿から発せられる言葉は、いつも俺たちを鼓舞してくれた。
それでも今だけは、震える心を持ち合わせていない。
しばらく静寂が続く。
すぐに来るものと思っていた返答が来ないことに訝しんでみんなが声をかけようとした時、おれはずっと考えていたが今まで言えなかった言葉を言おうと決意し、重い口を開いた。
「おれは…パーティーを抜けようと思う」
一同はハールの言葉に足を止めた。
顔は上げず、ただ下を見ながら発した言葉は意外なほど響き渡った。
茜色の空だった景色はいつの間にか夜の帳に包まれて、星々が四人を照らしていた。
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