生徒

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8月1日。 夏休み中だが部活も残り1ヶ月。 俺は蒸された体育館の中で、バッシュの音を鳴らしながら走っていた。 この前の大会で優勝していなかったら、俺はこの夏、体育館ではなく家で過ごしていたことだろう。 そう思うと優勝が嬉しい。 俺は本当にバスケが好きだ。 それと同時に、先生を見ることができるのが本当にうれしい。 汗を吸ったYシャツが俺の胸に矢となって刺さる。 これで、とうとう見納めか・・・ 「水川!!」 もう少しで先生と目が合いそうだったのに、俺を呼んだのは間違いなく、月野だ。 こいつは本当にタイミングがいい・・・。良い意味でも、悪い意味でも・・・。 「なんだよ。」 俺は渋々、顔を向けた。 「つれねーな。いいじゃんか、ちょっとコンビ練習しよーぜ。」 わくわく顔でそんなコトを言う。 こっちの気も知らないで。 「あちぃんだからそんな張り切るなよ。倒れるぞ。」 「1回だけ!ね?お願い。」 この通りって言って合わせた手を掲げるもんだから、じゃあ1回だけな。って言って付き合う。 10月1日。 楽しい時間の中で俺が一番困ったことがある。 進路だ。 プロのバスケ選手になりたいと、大学に入ることも考えたが、何かひっかかる。 この引っかかりがなにかわからないまま、俺のバスケ生活は幕を閉じた。 バスケの余韻を感じさせないまま、進路に関わる最後の大型テストがあった。 そのテスト返しが今日だ。 俺は先生の元へ受け取りに行く。 結果は99点。 ショックで先生の声も聞こえなくなっていた。 友人に理由を聞かれたが、笑ってごまかす。 俺にもわからない。 どうして、間違えたのか・・・。 放課後、先生に進路指導室に呼ばれて話をしたけど、ショックが大きくて、上の空だった。 俺はなぜか、今にも泣きそうだった。 怒られてるのかな。俺。 それとも、慰められてる? わかんない。 「水川?聞いてるのか?・・・水川?」 「・・・先生、好きです。」 やっと声にした言葉は、勉強のコトじゃなくて、告白だった。 「・・・・・・そんなのは、一時の感情だ。俺は男だぞ。」 先生は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔を背けて言った。 「・・・先生が男なのは知ってます。 俺、1年のとき一目惚れで・・・。 3年間、先生以外、見えないくらい好きでした。 それでも一時の感情って言うんですか?」 俺の言い方は氷柱だったと思う。 先生は思ったより、早く言葉を返してきた。 「俺とお前は、先生と生徒であり、俺はお前を生徒としか見ていない。」 突き放された。 「わかってますよ、そんなこと。 俺の名前全然覚えてくれなかったし、先生に奥さんがいるのも知ってる。 俺の気持ち知ってほしかっただけです・・・。 困らせて、すみません。・・・忘れてください。」 俺はいつものカフェにふゆきを呼んだ。 「俺ね、先生に告った。」 「で?どーだった?って聞くまでもないか、その顔を見ると。」 俺の心は顔に出ていたらしい。 「うん。全部、否定された。 ・・・でも、ひどいなんて思わなくて、当たり前だって思ったんだ。」 「・・・そんな顔、してないよ。 本当は悔しくて、辛いんだろ?本当はちょっとでもなびいてほしかった。 動揺してほしかった。そうだろ? 我慢なんかするな。」 ふゆきの声は俺を慰める優しい声になっていた。 「うん。ごめん。ふゆきの言うとおりなんだ。 悔しい。先生に何の印象も与えられてなかったのが。 俺なんか本当に生徒の中の一人なんだって、突きつけられた。」 俺は今にも涙がこぼれそうになっていた。 「・・・なぁ、先生、本当にお前の名前覚えてなかったのかな? もし、本当はちゃんとわかってて、期待させないため、だとしたら。 まだ、少しは可能性があるんじゃないか? 俺は賭けてもいいと思うぞ。」 そんな発想、俺にはなかった。 「ホントに、言ってる?」 「俺、嘘ついたことあるか?」 真剣な顔に心が引き締まる。 「ない。・・・俺、もうちょっと頑張ってみようかな。」 俺はふゆきの言葉で、少しの可能性にかけることにした。 こぼれかけていた涙を拭って俺は空を見た。
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