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「許さない」
彼女は俺にそう言って、泣きはらした目で睨みつけ、舌を突き出した。幼稚な仕草だ。
そのまま彼女は逃げるようにして俺の前から立ち去り、ぴしゃりとドアを締めてしまった。何か不満があるとこうやって、ろくに意思疎通もせずに姿を消す。こういうときは決まって部屋の中で癇癪を起こしている、というのは彼女の母親の弁だ。
こうなると二、三日は口を訊いてくれないし、食事も用意してくれなくなる。
まるで子供じゃないか、と思う。年齢的には俺よりも二歳も年上なのに。
俺から彼女に噛みついたのが事の発端だった。
彼女はややスキンシップが過剰な傾向があるが、その日は俺への愛情表現の一環として鼻先を指でつついてきた。いくら長年連れ添った仲とはいえそれは無礼というものだ。
にこにこして上機嫌なようだったので咎めるのを一瞬控えようかとも考えたけれど、ここできちんと伝えなければこれからも彼女は同じことをやるだろう。俺が快適に暮らしていくため、そして彼女自身のために、俺は彼女を諫めた。
だが、それがいけなかった。傷つかないよう加減はしたのだが、彼女は涙目で後ろへ二歩、三歩と下がって、ふつふつと怒りを湧き上がらせた。
そのあとは上記のことがあって今に至る。
困ったことになったなあ、と思う。だって彼女に食事を用意してもらえなければ、俺はなにも食べられない。こうして鎖に繋がれているのだから、自分でとりにいくこともできない。情けなく喚くのも俺の矜持に反するというものだし、どうしたものか。
丸まって考え込んでいると、玄関のドアが開く音がした。彼女か、と思って立ち上がるが、顔を出したのは彼女の母親だ。母親は見慣れた袋を持ってこちらへ歩いてくる。
俺の食事が入った袋だ。ありがたい。
「あの子ったら、自分で世話するってあんなに言ってたのに。
ポチも可哀相ねぇ」
俺もそう思う。俺はしっぽを振って返事をした。
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