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5日目。木曜日。
今日もおばさんはフラダンス教室で家に居ないらしい。
「悠馬ぁ、この栗かぼちゃクリームタルトパイ、めちゃくちゃ美味いよ。ひと口食べてみ?」
「ん」
タルトなのかパイなのか、謎ネーミングの新作スイーツをスプーンで切り分けては、晶が俺の目の前に差し出して来る。
俺は反射的にアーンと口を開けてはそれを貰い、もぐもぐを味わいながら彼を見つめた。
「ん、これは当たりだな」
「だろ?……も、もうひと口いるか?」
「いや、もういらないけど……なに?ジッと見て」
「え、いや……悠馬が見て来るから……」
「……………」
「……なぁ、抱き締めるのはセーフだよな?禁止なのはセックスだけだろ?」
「まぁ……そうだけど」
お、そろそろ我慢の限界か?明後日まで頑張れるか?
しかし晶はハグをしながら「セックスしたい」「キスしてぇ」「チンコ痛い」とは言うものの、本当にハグをしただけでそれ以上は何もして来なかった。
いや、残念とか思ってないからな。俺だってまだまだ我慢出来るし。
6日目。金曜日。
「あ〜、週末ってなんで宿題多いんだよぉ!いじめか!?いじめなのか!?悠馬助けてぇ!」
「最初から人に頼るなバカ晶。最初は自力で解け」
「え?一応教えてはくれるんだ?やったぁ!じゃあさ、ついでに泊まる?」
「泊まんねーよ」
「えっ、なんで?」
「……お前、目が怖い。ぜってぇ手出すだろ」
「否定はしない」
「即答かよ。絶対泊まんねぇし」
「……ぴえん」
7日目。土曜日。
今日まで我慢すれば、見事に1週間セックス禁止成功となる。
学校は休みだったが、晶は午前中部活で、午後からは佐竹達数人の友達とカラオケに行く予定になっていた。
薄暗い個室ではいつも晶が隣りに座ってくれるから、俺は安心して友達とカラオケにも来れている。これには本当に感謝しかないが、付き合って初めてのカラオケだ。なんか、いつもより妙に晶の距離が近い。
「……なぁ、いつもよりくっつき過ぎ。ちょっと離れろって」
「えー、別にいいじゃん。誰も気にしてねぇよ」
「そ、そうかもしんねぇけど……」
いや、他人の目ってより……お前が怖いんだよ。
さっきからやたらとボディタッチが多いのだ。手を擦ったり、腰を抱き寄せられたり、甘えるように肩に頭を乗っけて来たり。でも、周りが何もツッコんで来ないのは、教室でも彼が俺にベッタリだからだ。皆は晶が幼馴染みを拗らせてると勝手に解釈してくれているから、付き合ってるなんて微塵も思っていない。
だって、付き合っていたら晶がポロリと暴露するから。でも今回は本当に頑張ってるようで、俺達の交際は2人だけの秘密のまま。
そんな彼のいじらしい?アピールを受けながら、俺は悶々としていた。こんなに触られても、1番欲しいものが手に入らないのだ。
自分で言い出した事なのに、俺の身体は晶からの愛情表現を欲している。毎日毎日セクハラされていたから、それが急に無くなると寂しいとさえ思ってしまっていた。
……欲求不満とか……ダセえ。でも、言い出しっぺの俺が我慢しなくてどーする。
「……悠馬?」
「な、なに?」
「顔赤いぞ。大丈夫か?」
「っ!だ、大丈夫……………じゃない、かも」
「え?」
なんだか無性に晶に甘えたい。
彼がすぐ近くに居ると思っただけで、意思とは関係無しに身体が熱くなり始めてしまう。
俺の様子がおかしい事に気付いた彼は、突然立ち上がると俺の腕を引っ張っては「帰るぞ」と言うのだった。
「あり?晶達どしたん?」
入口近くに座っていた佐竹に声を掛けられ、一瞬だけ足を止める。と、晶は口早に、悠馬が体調悪そうだから連れて帰ると返してそのまま店を出たのだ。
晶に連れられて、俺は自分の家に帰って来た。そして2階の部屋に引っ張られると、ベッドに寝かされ、上から布団を被せられる。
「え……なにこれ?どういう事?」
襲わないの?と疑問に思った俺に、彼は少々取り乱した様子であわあわとしていた。
「だ、だって悠馬、熱あるんだろ?顔赤いし、身体もちょっと熱かったから……。だからほら、寝とけって。なんか欲しいもんあるか?水?ジュース?アイスでも良いけど」
……あれ?もしかしてコイツ、俺が体調悪いと勘違いしてる?
そうと分かれば、ちょっとイタズラしてみたくなる。
俺は、世話を焼こうとしてくれている彼に水が欲しいとお願いした。そして、部屋に1人になった隙を狙っては着ていた服をわざと乱す。
……俺だってずっと我慢してたんだ。つーかそもそも、俺がこんな我慢出来ないのは晶のせいでもあるんだ。責任を取ってもらわねば。
ベッドの傍らには、晶に貰った大きなオオカミのぬいぐるみが置いてある。それを抱き枕のように胸に抱き、壁の方を向いては顔を隠した。
「悠馬っ、水持って来たけど……大丈夫か?」
水の入ったコップを机に置き、見えない俺の顔を除き込もうと晶の影が落ちて来る。だから俺はチラリと誘うように彼を見上げ、その腕を掴んだ。
「ぅわ!ちょっと、悠馬?」
「……晶、シよ?」
「っ!?」
「お前に触って貰えないの……やっぱりやだ」
なんだかさっきから、身体と思考がおかしい。
2人きりになって俺の方が我慢出来ないとか、どんだけ欲求不満なんだよ。
けど、一度スイッチが入ったら抑えられない。
俺は固まる晶を布団に引っ張り込んで、正面から抱き付いた。その懐に潜ってスリスリと甘えれば、晶がテンパったように言い訳をする。
「ま、待って待って!ちょっとストップ!悠馬、お前熱あんじゃねーの!?」
「熱なんてねーし。……お前とシたくて、興奮してるだけ」
「か、かわいい……じゃなくて!1週間我慢って言ってたじゃん!ひ、日付け変わるまで待てない?」
「……時計見ろ、バカ」
「へ?」
言われて時計を振り向く晶は、だけど首を傾げては「まだ3時過ぎだけど……」とぼやく。
だから、俺は詳しく説明をしてやった。
「……俺が1週間セックス禁止って言ったの、土曜の3時前。もう丸々1週間経ったから、良いだろ?それとも、やっぱり夜中まで待つ?」
これは意地悪な質問だ。彼をその気にさせる為の、めちゃくちゃな言い分に過ぎない。
晶は俺達の間で潰れていたオオカミのぬいぐるみを取り上げては、ベッドの下へポイッと放って俺に跨がって来た。その瞳は発情したオオカミそのもので、俺はゾクゾクとその色欲に恍惚とする。
「ゆーぅま。誘って来たのはお前だからな。今更待てとか言われても、もう聞いてやらんからな」
「……だから、良いっつってんじゃん。俺だってお前の事好きなんだし、シたい」
「ははっ……ツンデレじゃん。てか、素直な悠馬ってマジかわいーな。やべぇ」
「……うっせぇ……いいから、早くキスして」
俺の口を塞ぐように、激しく唇が重なった。
限界まで“待て”をされたオオカミは、飢えを埋めるように俺の熱い身体を貪ってくる。だけど、それは俺も同じ事。
俺は与えられる愛しい愛情に、溺れないよう必死にしがみついては同じ熱量を返すのだった。
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