それぞれの進む先

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それぞれの進む先

 晶とは付き合わないと、はっきり言ってしまった。でも、これも理由があってこその台詞なのだ。 「……………」  俺はガラガラだった電車の座席に座り、背後にあった窓の外を無言で眺める。まだ陽は高いが、もう少ししたら夜が訪れて、やがて賑やかな夏の風物詩がやって来る。  今日は幸に誘われていた、花火大会の日。  俺は今朝、起きてすぐに幸に電話をしていた。今日は大事な話しがあるから、泊まる事は出来ない、と。幸も何を言われるのか察したらしく、分かった、と落ち着いた声で返事をしてくれた。  とうとう晶と一線を越えてしまい、俺達は両想いなんだと知ってしまった。だけど俺が付き合わないと言ったら、アイツはこんな事を言ったのだ。 「は?なんで?だって俺達、両想いだろ?」 「……それでも、晶とだけは付き合いたくない」 「……悠馬、それってさ、なんて言うか知ってるか?」 「?」 「身体だけの関係とか、ただのセフレだし」 「なっ!違うからな!」  俺は思わず飛び起きて、彼を振り返っていた。  俺が守ろうとしていた関係が、そんな軽いものに変わるなんて絶対に許せない。だから俺は、どれだけ晶を大切に想っているのかを教えてやったのだ。 「俺はお前が大事だから、大人になってもずっと一緒に居たいんだよ。でも、もしお前と付き合って、別れて……そんでお前が他のヤツと付き合うってなったら、多分俺は……嫉妬でどーにかなると思う」 「……別れてんのに?」 「だって……1回手に入れたら、もう誰にも渡したくなくなるし」 「……悠馬って、独占欲強かったんだな。なんかすげぇ嬉しい」 「はぁ?お、俺は別に……」  晶が変な事を言うから、思わず目を逸してしまう。だけどそんな事はお構いなしと、腕を引っ張られては上半身裸の胸に抱き寄せられるのだった。 「そんなんさ、別れなければいいだけの話しじゃん?」 「えっ?い、いや、そんな簡単に……!だってお前、ノンケだし……将来は絶対女子と結婚とかすんだろ?」 「……将来とか先の事なんて俺には分かんねーけど、でも、俺も悠馬とずっと一緒に居たいのは本当だぞ?……つか、そもそもお前としか長続きしなさそうだし」 「……………」 「そーれーに、お前にも同じ事が言えるんだからな」 「?」  彼は俺の髪をクシャッと撫でると、唇を尖らせて言う。 「……お前が俺以外の誰かと付き合うのは、全然面白くないし。悠馬は俺のだって、独り占めしたくなんだよ」 「ひ、独り占め……?」 「そ。だからさ、早く俺だけのものになってよ。待ってるから」 「ちょ、晶っ!?今日はもう……ぅあ、あっ!」  一通り彼の話しを聞いた後に、俺は発情オオカミにのし掛かられて再び身体を重ねた。  熱く激しく、狂おしい程に身体を求められて、暴かれて、愛でられて。  今でもまだ、その感触が忘れられずにこの身体は晶を覚えている。 「……………」  俺は自分の腕を擦って、無意識に彼の感触を辿ろうとしていた。その事に気付いて、恥ずかしくなって、1人で赤面する。  ……バカ晶。こんな時でも思い出すとか……本当、もう……。  進む電車は、目的地に着くまで止まらない。俺もそれなりの覚悟を決めて、ここに居るのだ。  駅に着くと、陽もだいぶ傾いて来ていた。俺はホームの外で待っていた幸をすぐに見付けては、手を挙げて挨拶をする。 「久しぶり、幸。……それと、悪い。急に泊まれないなんて……」 「ううん。大丈夫。俺も……悠馬に話さなきゃいけない事が、あるから」 「俺に?」 「うん」  この時幸の見せた笑顔がどことなく申し訳なさをはらんでいているように感じたのは、俺も同じだからか。  彼にもなにか、俺に隠し事をしていたような、そんな気がしていた。  幸の家に行く前に、コンビニでお菓子やジュースを買った。そして案内されたマンションは、言わいる高級タワマンというやつで驚いた。 「え……幸のお母さんって……」 「医者なんだ。家は広いけど、母さんはほとんど病院に居るから……そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。行こう」 「お、おう」  促されるまま、俺は幸の後に着いて行く。  こんな高い建物の20階以上に登るのは初めてで、エレベーターに乗っている間も、もしこの箱が途中で落ちてしまったらどうしようと怖くて足が竦んでしまった。だけど、そんな簡単に崩れはしない。  幸の住む階に到着し、部屋に通される。そこには壁一面ガラス張りのダイニングキッチンがあり、思わず「すげぇ」と声を漏らしていた。 「こんなトコ、初めて来た。前来た時は結構な田舎って思ってたけど……夜になると街の明りがキレイだな」 「でしょ?でも、日付け変わる頃にはほとんどの明りが消えて暗くなっちゃうから……ちょっと寂しいんだ」  幸は言いながら、俺の部屋はこっち、と更に奥の扉へと招かれる。 「……もうすぐ花火の上がる時間だから、電気は点けないままでいいよね?」 「う、うん……大丈夫」  カーテン全開の窓ガラスを開ければ、満月の明りでばっちりと周囲が見渡せる。これくらい見えていれば夜でも平気だから、俺は頷いて、置いてあったサンダルをつっかけてベランダへと出たのだった。 「すっげ……満月、明るいな。花火とかキレイに見えんのかな」  ベランダの手すりに寄り掛かりながらそう零せば、隣りには同じようにして幸が立ち、見えるよ、と笑って教えてくれる。 「……ジュース、冷えてるうちに飲もう。悠馬が買ったのってコレだよね?」 「そうそう。ありがとう」  幸は持っていたビニール袋から、1本の炭酸飲料を取り出して俺に渡す。彼も自分で買った紅茶のペットボトルを手に取って、軽く乾杯、とお互いのそれをぶつけた。その時に目が合って、言うなら今だと、俺はすぐに気持ちを切り替えてはさっそく話を切り出した。 「……幸、あのさ……お前に言わなきゃいけない事があるんだけど」 「……うん」  真面目な顔で言えば、幸も分かってますとばかりに真っ直ぐに俺の方を向く。その眼差しがあまりにも澄んでいたから一瞬言うのをはばかられたが……これだけは、どうしても伝えなければならなかったのだ。 「俺……他に好きな人が居るんだ。だからごめん。幸とは……もう今日で終わりにしたいと思ってる」  こんな事を言ったら悲しむかな。でも……もう俺は、自分の嘘で他人を振り回すのは止めようと、そう決めて来たから。  あの日、晶に愛してると言われたから。俺も自分の考えを変えようと、そう心に決めて。  だけど幸は、悲しむどころか「そっか。分かった」と素直に納得し、今度は彼の方から話したかった事を告げられた。 「……俺も、悠馬に謝らないといけない事があるんだ」 「え、俺に?」 「うん。俺ね……実はずっとキミに嘘を付いてたんだ。俺も他に……好きな人が居るんだよ」  そう口にした彼は、困ったように眉を下げては悲しそうに微笑んでいた。
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