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花火が上がる
他に好きな人が居る。
そう言った幸は、持っていたペットボトルのフタを開けて中身をひと口だけ飲む。
そんな彼をポカンとしながら眺めていた俺は、ふと我に返り「え?好きな人?」と聞き返していた。
「……そ。だから、悠馬が気に病むことはなにも無いよ。俺だって、キミを利用したようなもんだし」
彼は手すりに背中を向けると、ペットボトルを両手で抱えるようにして持ち、おもむろに口を開く。
「……キミと最初に目が合った時の事、覚えてる?」
「えっと……合コンでお前らが遅れて来た時?」
「うん。……俺ね、悠馬を見た時、直感で同じだって思ったんだ。ゲイっていうのもそうだけど、キミも伝えられない想いを抱えてるんだって、そう思った」
俺が?そんなの、どうして幸が分かって……。
俺は訝しげに眉を寄せて、幸を見据えた。と、彼は微笑んで目を閉じる。
「……俺もね、あの合コンは乗り気じゃなかったんだ。でも、かっちゃんがどうしてもって言うから、付いて行っただけ」
かっちゃん、とは、確か幸と一緒に合コンへ来た学ラン姿の男子だ。佐竹が彼の事をそう呼んでいたから、間違いない。
幸は頬を染めながら、その“かっちゃん”の事を話し始める。
「……俺、かっちゃんが好きなんだけど……彼は女の子が好きだから、俺はこの気持ちがどうしても伝えられないんだ。だからせめて、彼の側に居るだけでいいからって……思ってたんだけど」
「?」
そう言って顔を上げた彼は、俺を見て口元を緩めた。
「知ってた?悠馬、合コン中ずっと幼馴染みくんの事見てたんだよ。俺も好きな人に言えない気持ちを持ってたから、キミの気持ちが痛い程に分かってた。だから……悠馬と友達になりたいって、最初は本当にそれだけだったんだけど……」
驚く俺を見ながら、幸はずっと隠して来たであろうそれを口にしたのだ。
「……傷の舐め合い、かな。お互いに報われない恋なら、お互いに慰め合えばいいじゃんって、そう思ったんだ。だからキミの気を引く為に告白もしたし、本気だからって、嘘も吐いた」
初めて聞いた、幸の本音。
だけど不思議と彼に対する怒りは湧いて来ずに、あるのはただの同情だけだった。
そうだったのかと、なんとなく納得する程度。幸が俺に優しかったのは、本当は違うんだよと、そんな遠慮があったからかもしれない。
「……でもね、悠馬が泊まる?って言ってくれた時、実は迷ってたんだ。本当にこれでいいのかなって。……だから、キミが抜き合いをしようって誘ってくれた時も、本音を言えば、怖気づいて逃げただけなんだよ」
「……………」
「……花火大会の日までに、かっちゃんに告白しようと思ってた。で、フラれたら悠馬に慰めてもらおうかなって、そんな最低な事まで考えて……結局、告白する勇気すら俺には無くて、かっちゃんの事は諦めようとしてたんだけどね」
だからごめんなさい、と、幸は俺に向かって頭を下げる。そんなにかしこまらなくても、俺だって彼の想いには誠実に応える事が出来なかったのだから。
だから俺は、彼へ「あのさっ!」ととある提案をしたのだ。
「まだ諦めてないなら、今気持ちを伝えなければ良いじゃん!」
「え……今?」
「だって、花火大会はまだ始まってないだろ?」
「で、でも……今からって……」
「大丈夫。俺が付いてるから」
不安そうな顔をする幸に、今度は俺が笑って見せた。
彼は自分が嘘付きの悪者みたいに言うけど、俺は幸の存在に助けられてたんだ。同じゲイとして悩みや相談も聴いてもらったし、俺の逃げ場所にもなってくれて……何より、一緒に居て楽しかったから。
だから、今度は俺が幸を助ける番だ。
少しだけ考えるように視線を漂わせた後、幸はペットボトルを足元に置いてポケットからスマホを取り出した。そして、誰かへと電話を掛けるとすぐに相手と繋がる。
「……もしもし、かっちゃん?今、大丈夫?」
幸が不安そうに、チラリと俺の方を見る。だけど、今の俺には祈りながら見守る事しか出来ない。
「……うん。俺は今、家に居るんだけど……かっちゃんも来ない?花火、良く見えるし……あと、大事な話しもある、から……」
分かった、じゃあ待ってる。と、幸は頬を染めながら通話を切った。
「……今から、かっちゃんも来るって。なんか、毎年一緒に花火見てたから……俺からの誘いをずっと待ってたみたい」
「……そっか」
初めて見る、心の底から照れている幸の笑顔。
俺はその表情に安堵して、手すりから身を離した。
「じゃあ、俺は帰るな」
「え?一緒に花火、見て行かないの?」
「お邪魔虫だろ?俺。それに……好きな人と2人きりで見る花火は特別だからな」
俺も毎年、地元の花火大会は晶と一緒に見に行ってたっけ。俺が夜道で怯えないようにと、口には出さないが彼は気遣ってくれていた。だからわざと置いて行ったりしないで、ちゃんと俺の隣りを歩いて、他愛のない話しなんかをしたりして。……でも、今年の夏はスレ違いばかりでそれどころでは無かった。気付けば地元の花火大会も過ぎていたし、晶も誘いに来なかったからすっかり忘れていたのだ。
俺は炭酸飲料のジュースだけを手に持って、突っ掛けていたサンダルを脱いでは部屋へと上がる。そして一度後ろを振り返っては、幸にとびきりの笑顔を向けてやった。
「上手くいくと良いな、告白」
「あ、ありがとう……」
「それと……これからは俺達、友達で良いよな?」
「え?」
沈みかけていた彼の表情が、俺のその言葉で再び浮上する。
「……いいの?友達で……」
「当たり前だろ?俺達、仲間なんだからさ。……だから、告白の結果は必ず教えろよ」
すると幸も、嬉しそうに頷いたのだ。
「……うん、分かった……分かったよ。必ずキミに教えるから。だから……悠馬も幼馴染みとどうなったのか、俺に教えてね」
「ん、分かった。約束な」
それだけ言って、俺は1人で幸の部屋を出た。駅からここまで1本道だったから、迷う事は無いはずだ。
「……さて、帰るか」
呟いて、最初の1歩を踏み出した時だった。花火大会が始まったのか、ドーンッ!という轟音が空気を震わせた。だけど、周辺の建造物のせいで地上からでは花火がどこで上がってるのかさえ分からない。
俺は息を吐き、今年の花火は諦めるかと再び歩き出す。
1人なら、花火は見なくてもいいや。それよりも、まだ人が出歩いてる時間帯に家に帰り着く方が最優先だから。
見えない花火が空へ上がる度、空気が震えて轟音だけが轟いている。ドーンッと空高くに花が咲き、パチパチパチッと花弁が散る。その様子が見えなくても、毎年見てたから分かるんだ。
晶と一緒に、夜空でしか咲けない大輪の花を無言で2人、並んで見上げていたから。
……来年、一緒に花火大会に行けるといいな。
そう思いながら辿り着いた駅で、俺は不意に足を止めた。駅の改札口の所に、良く知る人が立っていたから。
「……晶?なんで、お前がここに……」
「おじさんに聞いて来た。お前、遠出する時は必ず家族に行き先言うだろ。おじさん、かなりの心配性だから」
「いや、そーじゃなくて……わざわざこんな遠くまで、なにしに来たんだよ?」
驚く俺を見つめながら、晶はため息と共に近付いて来る。
そして俺の目の前で立ち止まっては、「あのなっ!」と、花火に負けないくらいの大声で言うのだった。
「待つとは言ったけど、追いかけないとは言ってねぇから!お前が1人で遠くに行くのなんて、俺はぜってぇに許さねーからな!」
「はぁ?意味分かんねーし……ちょ、どこ行くんだよ!」
いきなり手首を掴まれて、そのまま晶に連れられて歩き出す。
と言うか、こんな所で晶に会えるなんてラッキーだ。でも、それを素直に喜べない自分がいて、本当に天の邪鬼だなと自分で自分が嫌になる。
引っ張られてはどんどん駅から離れて行くのに、俺は目の前の背中を見ているだけで、暗闇に対する不安がキレイさっぱりと消えていたのだ。
花火がどこで上がって、散ってるのか。派手な音に包まれながら、俺はただひたすらに晶の歩みに着いて行く。
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