第2話

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第2話

 マンションにいくと、部屋はしんとなって、だれもいなかった。  がらんとした部屋に、つつましいほどの荷物を引っ張り出して、かばんに詰めこむ。  お返しに合鍵をテーブルに置いて、さようならも言わずに扉を閉めた。  もう、二度ともどってなんかこないからなと念じて。おまえなんかすぐに忘れてやる。そう、心の中でつぶやいて飛びだした。タチのわるい自分だなと思う。  もう二度とくることなんて、ない。  元恋人の部屋から荷物を引き揚げて、携帯端末を解約し、すべてを絶つ。  新しいところは、遠く離れた場所をえらんだ。都会のはしっこのさらに端にある、へんぴな古びれた中古の一軒家にした。  一階は寝室と居間。二階は物置で、こじんまりとした庭もあり、家で作業する自分にとってちょうどよい。  都会からもはなれ、緑もあって、商店街も近くにあり心地よい。なにもかもが申し分ない。 「ざまあみろ、だな」  ちりんちりんと風鈴がゆらめき、心地よい風が頬をなでた。  もう、蒼のこころに俺はいない。全部、捨ててきた。服も、本も、なにもかも。いや、旅先で買ったオルゴールだけ持ってきた。 「ざまあみろ」  風がそよいで、またちりんちりんと音が耳をうった。  ざまあは、俺だ。とにかくそういってみたかった。  越してきて二週間がたつ。居間に座りながら、庭先をながめる。ぺんぺん草がそこらじゅうに生えていた。  端正な顔立ちに、長身で、すらりと長い脚の完璧な容姿を備えた元恋人。そもそも釣り合いが取れてなかった。  性格もいいし、あまい言葉をこれでもかと毎日のようにささやく。どんなに小さなことも褒めて、口説いてくる。 「はっ、あいつはどこまでも完璧か」  どうでもいいつぶやきがでてしまう。  物凄くモテる。優秀で超多忙なすてきな外科医なのはちがいない。  自分はというと、かつかつの小説家で、家族もおらず、天涯孤独のその日暮らしという気ままな生活を送っている。  性格も容姿も、可もなく不可もなく、つつましく過ごす。  笑えるほどの格差。どうして三年もつき合えたのか。 「惚れてたのはあっちじゃなくて、自分か」  いつもオンコールで呼ばれ、蒼の顔を見ればいいほうだ。  つき合いたてのころこそは、休日にどこか食事したり、旅行にもいったり、恋人らしいことはたくさんした。悔いはない。 「でも、浮気するやつはクソだな」  いまは次の恋人にメロメロなんだろう。浮気はうわきだ。クソだ。消えてしまえとおもう。揺れる風鈴を見ながらぼんやりと呪いをかけてやりたくなる。  自分はもう人を好きにならない。  なりたくもない。  そもそも、もっと好きだといえるやつから逃げるように荷物をまとめて出て行って、蒼と出会った。新しいトラウマをさらにつくってどうする。  やっと乗り越えられたと思ったのに、ばかだ。  ぼんやりとうじうじ考え、風鈴から視線を外した。目の前に広がる真っ白な画面が現実を呼び戻す。ため息がシャボン玉みたいにでる。  すると、新しい携帯がぶるぶると震えた。 「もしもし……」 「久しぶり! 新しいところどう? そして今飲んでるんだけど、よかったらこない?」  グラスがぶつかる音が重なり、携帯の奥から響いて聞こえる。電話の主は、送りつけた荷物を返してくれた友人の弘前だった。 「……仕事もあるんだ。だから、またこんど……」  そう言いかけてると、ふふふと気持ち悪い声が聞こえた。 「荷物、届いた? 大変だったんだよー。段ボール三つだけど送ったと思ったら、また送らなければならないしね。僕も忙しい中頑張ったなぁー」  恩着せがましくいわれるとぐさりとくる。得向こうも作家で、ひまなくせに。わざとらしい言い方にため息がこぼれる。 「……わかったよ。どこにいけばいい?」 「よしよし。詳しい場所は連絡するから、まってるよ」  ずいぶんとご機嫌だなと感じながらも、パソコンを閉じた。
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