師走の息切れ

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師走の息切れ

クリスマスイブのイブ 5322adf5-2a23-4e43-8ed8-7c0b0eeaa88c 鶏肉の悲鳴が聞こえた。 外回りのついでに、いや正直言うと計画的に、ケンタッキーにやってきた。 ただ揚げた鶏肉を食べたかっただけなのに。そこは地獄だった。 「予約してないの?」 「大丈夫だよ。今日23日だし、そんな混んでないだろ」 「国道沿いのケンタッキーに行くの?」 「いや、あそこは駐車場が狭いから、駅前のスーパーの出張販売で買ってくるよ」 今朝、一緒に暮らす三月(みつき/俺の恋人、男性、割と長身、そこそこ顔が良い)とそんな平和な会話をしたことを思い出した。 しかし俺は甘かった。 駅前の販売所は地獄だった。 地獄は言い過ぎだけど、めちゃくちゃ混んでいた。 クリスマスや、クリスマスイブより今日の方が空いているだろうという浅はかな考えの人たち( 俺もその1人)がおよそ15人ほど並んでいる。 出張販売なので、レジは1つしかない。店員さんも臨時の方なのか、あまりテキパキと対応出来ていない。だから余計に混んでいる。 長机の上には箱に入ったフライドチキンがビニールに包まれ、積み上げられている。 美味しそう。 だけどこんな寒い日に、こんな長い列に並びたくない。 何よりそろそろ会社に帰らなくてはいけない。 美味しそう。 いやいや、あれはただの唐揚げだ。 鶏肉の亡骸…。 欲しくない 欲しくない 欲しくない。 本当は喉から手が出るほど食べたいのに、自分にそう言い聞かせてその場を去ろうとする。 すると突然寒そうな店員さんが並んでいる列に向かって言い放った。 「あとは12ピースのパックしか残ってません。ご了承下さい」 12ピース?フライドチキンだけを12個消費するのは、大家族ならまだしも普通の家庭には困難ではなかろうか? 案の定その言葉を聞くと、列に並んでいた大半の人が諦めたように散り散りになっていった。 よく見ると長机の側面にラミネート加工したペラペラの紙で 「本日の単品分は終了しました」 「Aセット、Bセット売り切れです」「こちらでパーティーバーレルは取り扱っておりません」などと書かれている。 どうでもいいけど、12ピースを箱からだして単品売りすればいいじゃないか? まあ、そうもいかないのが世の中だよね。 いくら男2人でも12ピースは消費できない。今日と明日でわけて食べるとしても、今晩は6個。つまり1人3個食べなくてはいけない。 それは少し胃に負担をかけすぎる。 加えてこの寒いのにアイスケーキも予約しまったのだ。 アイスケーキはアイスなんだからいつ食べてもいいけど、うちの冷蔵庫は可愛らしいサイズ感なので、冷凍庫に入る量も限られている。自然と今日中にアイスケーキの数パーセントは美味しく頂かなければいけないのだ。 ケンタッキー3個とアイスケーキは流石に危険だ。 「六月君じゃん」 そこに懐かしい声が聞こえたのだ。 穏やかな眼差し。 相変わらず小柄な身体。 艶々とした肩までの黒髪。 グレーのコートの下には制服が見えた。 いかにも優等生な外見なのに含みのある笑い方をする。 しかもこの笑い方は俺の前でしかしないのだ。ずるい人だな。 「かのこさん、お久しぶり」 かのこさんは学校の1つ上の先輩だった。 今は親友である荒木と結婚している。 そして、俺の元彼女だった。 そんな複雑な間柄の人とクリスマスに再会。普通なら運命を感じそうなところだが、お互いにそんな時間はないようだ。 「ケンタッキー買うの?」 「買いたいんですが、12個入りしか残ってないし、そろそろ会社に戻らなきゃ行けないしで迷ってました」 「私ももうすぐ昼休憩が終わるから早く買いたいんだけど。12個は流石に多いから」 「そうですね」 「シェアしようか?」 「シェア?」 「山分けだよ」 山分け?なんだか山賊みたいだな。 「買ってくるね」 かのこさんはケンタッキーの売り場に飛び込むとさっさとお金を払って、さっさと鶏肉を受け取ってきた。 「6個ずつでいいよね?」 「いいですけど、どうやって分けるんですか?」 「今スーパーで買い物してちょうど新品のジップロックがあるから、それを使おう」 そう言って、エコバックから取り出したジップロックの箱を開封した。 近くのベンチに座ると今度はケンタッキーの箱を開け、紙ナプキンで大胆に鶏肉を掴んでジップロックに入れていく。 「よし、これで6個ね」 そう言って、迷わずジップロックに入った方の鶏肉をこちらに渡してきた。 「なんか、こうしてみると生々しい」 「食物連鎖ってそんなもんだよ」 「箱の方は、かのこさんが持って帰るんですか?」 「うん、ジップロックだと見栄えが悪いから」 「見栄えが悪い方を人に渡さないで下さい」 「ごめんね」 そう言って曖昧に微笑む。 見た目とは裏腹に実際は結構ぶっ飛んでる。 自分勝手だし。 困った時は笑って誤魔化す。 普段は猫を被っているだけ。 そういうところがお互いに似てる気がして、付き合っていた。 だけど別れた。 しかも別れたあと、この人は俺の親友である荒木と結婚したのだ。 そのことはもちろん三月も知っている。 つまり荒木と連絡をとれば自然とかのこさんとの距離も近づくことになるから、なんとなく彼とも疎遠になった。 意識的に距離を置くようになった。 荒木は数少ない友達の1人なので、残念ではあるけど。 三月をもやもやさせたくなかった。 「じゃあ私はそろそろ行くね」 「俺も行きます」 お互い手を振って別れる。 反対方向に歩き出すかのこさんの背中を俺はしばらく見守っていた。 小柄で華奢な背中。 「六月君、私…」 彼女が急に振り返った。 切実な目をしていた。 「お金貰ってないよね?」 「ご馳走様です」 ばれたか。 俺は逃げ出した。笑いながら逃げ出した。
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