師走の息切れ

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『海老フライを揚げるから』 『カラッと揚げるから』 『サクサクだから』 電話してきた母さんがそう言った。 何故こんなに海老フライで息子を釣ろうとするのか、わからない。そもそもそんなに俺は海老フライが好きだったかな?揚げ物は好きだけど。 『それに沢山揚げるから、家に持って帰ってもいいのよ?』 なるほど。 同棲してる六月(むつき/俺の恋人、きつね顔、年上、首筋からいいにおいがする)は揚げ物が好きだ。 でも家では面倒くさくて揚げないから、貰っていったら喜ぶかもしれない。 『来るでしょ?』 「分かったよ。でも今日は用事があるから、少ししか顔を出せないよ」 ふふふと母さんは笑いながら電話を切った。 六月には弱い。 俺が出来ることは何でもしてあげたい、なんてクサイことを考えることすらある。 愛情のような、母性のような父性のような不思議な気持ち。 特にカテゴライズする必要はないけど、とにかく一緒にいたいので、一緒に暮らしている。 時々お風呂掃除で揉めることはあるけど、概ねうまくいってるし、幸せだ。 更なる幸せのために、海老フライを求めて俺は実家に帰ることにした。 よく考えたら、今日はケンタッキーにアイスケーキに海老フライまで食べることになるけど、大丈夫かな。ちょっと心配。 「同居しようと思ってるの」 実家に帰った途端「おかえり」よりも先に母さんがそういった。 「同居って?」 「一緒に住むことよ」 「意味なら知ってるよ」 俺だってそんなに馬鹿じゃない。 話は逸れるけど、こういう会話は六月ともする。 『桜餅買ってあるよ』 『桜餅?』 『桜の葉に包んでる餅のこと』 『知ってるよ。粒々なやつだろ』 『それは道明寺』 『漫画のやつ?』 『それは花より団子』 冗談のつもりなんだろうけど、次から次へと連想ゲームみたく言葉が出てくるから、こちらはついていけない。 もちろん六月に悪気はない。 彼にとってはそれが当たり前なのだ。 俺、そんなに馬鹿なのかな? 正直、ちょっとコンプレックス。 「海老フライ作ってあるわよ」 「海老フライがエビに衣をつけて油で揚げたものだってことは俺でも知ってるから。それは説明しなくていいよ」 俺がぶっきらぼうにいうと母さんは笑った。 「それは海老の天ぷらよ」 リビングのテーブルで、父さんがサクサクの海老フライをもそもそと食べている。 「ただいま」 「うん」 「はい、三月の分」 そう言ってお皿に乗った海老フライとパックに詰められた海老フライがテーブルに置かれた。パックの分はテイクアウトということなのだろう。 「なっちゃんとやっちゃんと同居しようと思うの」 「え、聡君は?」 なっちゃんは俺の妹で、聡君はその配偶者。そしてやっちゃんは2人の子供である。 なっちゃんとやっちゃんとだけ同居するなんて。まさか離婚するのだろうか? 「聡君は一緒じゃないの?」 「あ、聡君も一緒だわ」 忘れていたと言わんばかりの口調。あまりに聡君の扱いが雑すぎて同情した。 「実はこの前なっちゃん達が帰ってきた時に少し話したのよ」 そういえば、この間聡君から『お母さんとなっちゃんが2人だけでこそこそ話している』と聞いたのを思い出した。 あの時は聡君の考えすぎかと思っていたのだが。本当だったのか。 「どうして急に同居?」 「だって子育てが大変そうじゃない?聡君もなっちゃんも今は家事も育児もこなしているけど、なっちゃんだってもう少ししたら、ちゃんと仕事に戻りたいみたいだし。だったら私が手伝えたらいいかなと思ってさ」 「ふーん」 「理由があって親にも友達にも頼れない人だっているんだよ。だったら私が元気なうちは甘えさせてやりたいと思ったのよ」 「そっか」 母さんが意外とまともな事を言うので感動した半面、ちょっと複雑な気分でもあった。 非正規雇用で不安定な生活をしている俺としては、もし住む場所がなくなっても実家に帰ってくればいいや、という甘い考えがあったのだ。 でも聡君やなっちゃん達が同居することになったら、それもちょっと難しいだろう。 自分勝手すぎるが、少し反対したい気持ちだった。 「なっちゃんはなんて言ってたの?」 「なっちゃんは『悪くは無いね』って言ってたよ」 「聡君は?」 「聡君には話してないよ」 聡君よりまずは俺の意見を優先してくれた…というよりも、彼の意見はそもそも気にしてないようだ。 やはり扱いが雑すぎる。 「父さんはなんて言ったの?」 隣に座っている父さんに聞いたが無言でご飯をもそもそと食べているだけだった。 「お父さんには話してなかったから」 「今、聞いたよ」 父さんまで雑な扱いだ。 「でも、このままじゃ住めないでしょ?なっちゃんはいいとしても、衣食住が全部一緒だったら聡君は気を使うだろうし」 「二世帯住宅にリフォームするのはどうかなって考えてる。もちろん費用がかかるけど、それはお父さんが主導で」 「お金が絡む時だけ父さんが主導なの?」 「ついでに三月も来ていいのよ」 「どういう意味?」 「三月と三月の家の子も同居してもいいのよ?」 『三月の家の子』というのは、六月のことだろうか? 「無理に決まってるだろ」 「あらそうでもないでしょ」 昔からだが母さんは少し嗜虐的なところがある。 父さんを雑に扱うのが好きだし。 なっちゃんが結婚してからは聡君もターゲットになっている。 今度は六月まで狙っているのだろうか。そうはさせないぞ。 そもそも六月は人見知りだし、人に合わせると疲れてしまう。だから気を使わなくて済むような『特別』な人としか一緒に暮らせないのだ。 自分で言うのも恥ずかしいけど、例えば俺とかである。 「あの人は母さんと違って繊細なんだよ」 六月の事をあの人と呼ぶなんて変な気持ちだ。 母さんは俺の言葉にむくれてしまった。海老フライを奪われそうな勢いだ。すぐ食べなければ。 慌ててお箸を持ったところで父さんがぽつりと呟いた。 「繊細かは知らないが、ちゃんとしている人だと思うよ」 「ほとんど話した事ないだろ」 「オーラでわかったよ」 父さんはそういいながら、また海老フライをもそもそ食べ始めた。 「なんだかいい匂いがするね」 会社に戻ると、優しい上司の堀米さんが俺にそう言って微笑んだ。 仕事中にサボってケンタッキーを買ったことがばれたのだろうか? 「いい匂い?そうですか?」 曖昧に微笑んで自席に戻った。 それで終わらそうとしたのに、隣の席の同僚、道端さんが鋭く突っ込んできた。 「出先でケンタッキー買ってきたの?」 カーネルサンダースが考え出したスパイスの芳しさは唯一無二だったようで、すぐにバレてしまった。 「そうなんです。すいません」 「別に悪くないでしょ、家も明日は彼がモスチキンを買ってきてくれる予定だよ」 「モスチキン美味しいですよね。サクサクですよね」 「なんだかんだこの時期はチキンが食べたくなるよね」 「ですね」 「結局私達は、どこまでもコマーシャリズムに踊らされる消費者にすぎないんだよ」 「ですね」 「チキンは車に置いてきたの?シートに匂いが移っちゃうよ?」 「それは多分大丈夫です。ジップロックに入れてあるので」 道端さんはカーネル像の様に固まった。 「ジップロック?」 「ええ、ジップロック」 「匂わないように、わざわざ用意したの?」 「実はチキンを買う時に偶然友達に会って12個入りをシェアしたんですが、その人がジップロックを持ってたんで入れてくれたんです」 「衛生的だけど、ちょっと見た目は怖そうだね」 「肉肉しいですね」 道端さんは笑った。 俺もつられて笑った。 「クリスマスに偶然会うなんて、縁のある友達なんだね」 道端さんの言葉が意味ありげに聞こえたのは、考えすぎかもしれない。 「今日はまだクリスマスじゃないですよ」 「そっか」 自分の言葉がどこか言い訳めいて聞こえたのも、考えすぎだろうか。 「あれ、もう帰ってたんだ」 ただいまより先に六月はそんなことを言った。 「帰ってきてちゃいけないのかよ」 ぶーたれて文句を言うと六月は笑った。 「そうじゃなくて、実家でゆっくりしてくるのかと思ったから」 ちょっとからかわれてる。 「アイスケーキ受け取ってきたよ。冷凍庫にぎゅうぎゅうに詰めてある」 「ありがとう」 「あと、実家で海老フライをもらってきた」 「海老フライ?本当に?」 「うん。サクサク」 子供のように六月のテンションが上がった。 クリスマスや揚げ物に無邪気に喜ぶ姿を見ると、子供の頃はこういうイベントを楽しんでなかったんだろうなと思って、少し切なくなる。 誕生日に苺のケーキを嫌いになった話も同じだ。(※単純な君との十一月 参照) 六月にとって、自分の家は楽しい場所ではないと聞いた時はいまいちピンとこなかった。だけど時折見せる言動から少しずつその理由を想像できるようになった。 六月は多分、子供の頃の自分を今やり直してるのだ。 楽しいイベントや、美味しい食べ物ではしゃぐ事もそのひとつ。 そう思うと余計いじらしくて、愛おしくなる。 こんなこと自己陶酔かな?別にそれでもいいけど。 「ケンタッキー買えた?」 「うん。温めるよ」 「ケンタッキーに海老フライにアイスケーキって、絶対消化が悪そうだな」 「まあ、たまにはいいよ」 そそくさと台所へ行ってしまった六月の背中をなんとなく追いかけると、なにやら鞄をゴソゴソしている。 「え、何に入れてるの?」 「ああ、ジップロック」 「ジップロック?まさか袋が有料だからジップロック持っていったの?」 そこまで節約意識の高い男だとは知らなかった。 「違うよ、大入りのパックしか残ってなかったからシェアしたんだよ。その時ジップロックしかなかったから、これに入れたの」 「それにしてもジップロックって」 「むしろ紙箱より清潔だよ」 今度は六月がぶーたれながら、温めたケンタッキーをお皿に盛りつけた。 「美味しければいいんだよ。食おうぜ」 2人で食卓に料理を並べた。 「そういえば、これ誰とシェアしたの?」 「ああ、会社の人」 何故だかその言葉が意味ありげに聞こえた。
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