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この頃の明梨お姉ちゃんの美しさは、子供の私にもわかる程であった。
そして、その汚れの無い純粋な美しさは私だけでなく、小さなあの町人達に知れ渡っていた。
遠い昔の記憶の明梨お姉ちゃんを今、目蓋の中で写しても、尚、美しいと思う。
秋の心地よい冷風に当たりながら、私は麦酒缶をもう一つ開ける。
今なら、わかる気がする。
あの時、あの町に住む大人の目に明梨お姉ちゃんはどう写っていたのか。
突如、心地よい風とは別に荒風が吹く。古びた家は激しく唸り声を上げる。
不意に背中を見られている気がして、振り返ると、何も変わらず、乱雑な居間があるだけだ。
昨年迄は、妻と娘、理恵の声が賑わいを見せていたが、今は誰もいない。
ただ広い家に私一人。
唯一の愉しみはこの縁側で酒を飲みながら季節を感じること。
蝉の鳴き声が響き、身体の芯まで暑さが染み渡る夏。
休みに入った途端に私は怠け者になり、毎朝、母に起こされるまで寝ていた。
けど、その日は違った。
心を騒つかせる声が微かに聞こえ、目を覚ました。
起きると同時、声の行方を捜しに窓に駆け寄る。
隣家の庭、暴れるホースを何とか拾おうと、一人声を出す明梨お姉ちゃんの姿があった。
「ちょっと待って」
彼女は、ホースに向かって頼み込んでいる。二階にある僕の部屋からはその姿が見渡せる。
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