魔法なんか

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 ある日、世に禁断の書物がもたらされた。  それは、誰でも魔法使いになれるというもの。人間だれもが持つ内なる力を引き出す方法だ。  おかげで、全ての人間が魔法使いになり、その力を隠しもっていた奇術師の仕事はなくなったり、新たに科学と魔法が融合された社会ができあがったりしていった。  そんな中、とある主婦のアーニャは変わらぬ生活を送っていた。  日が登る前に起きだすのが、アーニャの一日の始まり。  リビングの窓を開けて、朝一番のすがすがしい空気を吸い込む。毎日行っている大事な仕事の一つ。  空気がおいしい。  それは、家が山あいにあるおかげだけではない。みんなが魔法に頼る生活になって、排気ガスが出る動力を必要としなくなったからだ。  ただ、アーニャは空気を味わうだけのために吸っていない。  この空気の気配で、今日の天気が感覚的にわかるのだ。魔法なんかに頼らなくても。 「今日の湿り気は、雨が降るかしら……」  洗濯物を外干しできないのは嫌だなと、眉をひそませて台所に向かう。   「こういうとき、乾燥機か乾燥魔法を使えればいいのだけどね……。いや、私は主婦力をもってすれば、魔法なんかなくても大丈夫」  グッと包丁を持つ手に力をこめて、軽快にキュウリやトマトを切っていく。  それから、目玉焼きを作り、食パンを焼く。 「おはよー!」 「おはよー。今日はちゃんと起きれたわね。えらいね」 「うん!」  子供を起こしにいく手間が今日はなくなったことにアーニャは胸をなでおろした。  魔法を使えば料理の最中に起こしにいけるのだが、それはできない。いや、料理魔法を使えれば、料理すらしなくてもいいのだが……。  夫も起きてきて、魔法を使わないいつも通りの朝食を家族三人でとる。 「「いってきます」」 「いってらっしゃい」  いつも通りの時間に子供は学校へ夫は会社へと箒に乗ってでかけていき、それを明るい笑顔で送り出した。
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