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幕間:いつまでも狭い世界に沈む僕は
穏やかな寝息が聞こえる。ゆっくりと体を起こした金目は、地面に寝転がったまま熟睡してしまったらしい片割れを見つめた。
「世界を……広げる……ねえ」
銀目の顔に乗った花を指で払って、乱れた髪を直してやる。寝顔をじっと眺めると、眠りを妨げないようにと配慮しながら立ち上がった。
夏織たちも、ことの顛末を知りたくてソワソワしているはずだ。痺れを切らしてここに押しかけてくる前に、簡単な報告くらいはしてやろう――金目はそう思っていた。
しかし、おもむろに足を止める。
垂れ目がちな瞳を鋭くして見つめる先には、なんの変哲もない茂みがある。金目は翼を大きく膨らませると、表情を消してゆらりとそちらへ向かって一歩踏み出した。
「ああ! バレてしまいましたか。やはり貴方は逸材ですね」
しかし、相手はそれほど我慢強い方でも、駆け引きを楽しむ方でもなかったようだ。
いとも簡単に姿を現すと、中折れ帽を胸に当てて一礼した。
「僕は赤斑と申します。いやいや、茶番のお付き合いお疲れ様でした!」
茶番、という言葉に金目の片眉がピクリと反応する。
「失礼。お気に障りましたか。僕は、はっきり物事を言い過ぎるきらいがありまして」
黒髪に赤いメッシュを入れた男は、まるで舞台俳優のように大袈裟な手振りで驚いた様子を見せると、にんまりとどこか含みのある笑みを浮かべた。ゆるゆると森の中を歩き金目に近寄ると、金色の瞳をまっすぐに覗き込む。
「まあ、それはいいでしょう。それよりも、貴方によい話を持ってきたのですよ」
懐を探る。あるものを取り出すと、ニッコリと胡散臭い笑みを顔に貼り付けて続けた。
「これは、あくまでもお取引の提案です。なあに、そんなに悪い条件ではないと思いますよ。あなたの大切な方が損なわれることに比べたら」
瞳を三日月型に歪めた赤斑は、まるで熟れた柘榴のように真っ赤な瞳で、金目を品定めするように見つめ――フフ、と上機嫌に笑った。
「僕はわが主の望みを叶えたい。ただそれだけなのです。どうかご協力を」
金目は目を眇めると、はあと大きく息を吐いて、真っ赤な瞳を覗き返す。
その心は、銀目と過ごしていた先ほどまでとは打って変わって、真冬のように冷え切っていた。
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