第一話:『喫茶黄昏』へようこそ

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第一話:『喫茶黄昏』へようこそ

 カラン、という音を立てて私は喫茶店のドアを開けた。  もう限界だった。このまま外を歩いていたら倒れてしまいそうで、ふらふらと歩いているうちに通りかかった喫茶店へと入ることを決めた。今まで外から見たことはあっても中に入ったことのなかったそこは、外観のどこか立ち入りにくい雰囲気とは違い、アットホームな雰囲気が漂っていた。真っ白な壁に木目模様の木と机がいくつか並び、カウンターの奥には紅茶の缶がたくさん並んでいた。 「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」  男性の優しい声が聞こえたけれど店員の顔を見ることもなく、私は小さく頭を下げると近くの椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。  疲れた。連日のように残業をしても業務は終わらない。今日だって朝は1時間前から出社して、お昼休みもそこそこに仕事をしたのに、もう23時だ。今から帰ってご飯を食べて……ううん、もうご飯はいいや。とにかくシャワーを浴びて化粧を落として寝てしまいたい。明日も朝から夜遅くまで仕事をして、それで……。 「もう、やだ」  コツン、と机におでこをくっつけると冷たさが心地いい。このままずっとこうしていられたらいいのに。 「ご注文は――お客さん? 大丈夫ですか?」  注文を取りに来た店員さんが慌てた様子で私に声をかける。ぐったりしてたから倒れているとでも思ったのだろうか。大丈夫です、そう言わなきゃ。それで、何か注文を――。 「お……さ……!? だ……!」  あれ、おかしいな。顔を上げたはずが、目の前にいるはずの人の顔がゆがんで見える。声もどうしてか遠い。ああ、ダメだ。頭が、重くて、もう――。  意識が途切れる寸前、心配そうな男の人の顔が、見えた気がした。
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