2022年5月 お父さんの幸せ回路

1/9
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/297ページ

2022年5月 お父さんの幸せ回路

 無意識のうちに涙を流す。そんな経験をしたことがあるだろうか。  名馬ドドドドドドドドドもたった今、同じ体験をしたらしい。彼は慌てた様子で涙を拭うと馬房の小窓から外を眺めた。  視界に飛び込んだのは北海道の山々だった。もう5月になるというのに頂上付近には雪が残っている。引退した5年前と変わらない光景だ。 『そうだ。子供たちの様子を見なければ…』  ドドドはそう呟くと、ゆっくりと自分の馬房から出た。彼の子供はこの牧場には2頭いる。同じ牝馬が産み落とした期待の新馬たちだ。  納屋を進むと、仔馬のカグヤドリームの2022の姿が見えた。外見は父とよく似ていて、違いといえば額から顔の中腹までに伸びた白斑があることくらいだろう。生後4か月なので体重は200キログラムほどしかないが、なんとこの仔馬は鼻先でタブレット端末を操作するという、馬とは思えない行動をしているから驚きだ。 『魔法の鏡で勉強も立派だが草を食むことも大事だ。子供らしく外で遊びなさい』 『さっき3キロくらいかけっこしてきたし、その後にノラニンジンにスナップエンドウを食べてみたよ』 『のらにんじん?』  どうやらドドドは、思わぬ単語の登場に困惑してしまったらしい。カグヤドリームの2022は、なんてことない様子で説明した。 『野草の一種だよ。今度生えているのを見つけたら声をかけるよ』 『相変わらず物知りだな。お前くらいの仔馬は普通なら片言だというのに…』 『みんな少しずつ言葉を覚えてるよ。馬クッキーと人参なら全員が意味を理解してるんじゃないかな?』 『真っ先に覚えるのは、お母さんの名前ではないのか?』 『それは意外と4番目で、3番目に覚えるのは決まって恐怖のドドドドドドドドドなんだよ』  ドドドは苦笑していた。この様子だと、おませ仔馬にやり込められるのは今のが初めてではないのだろう。
/297ページ

最初のコメントを投稿しよう!