逃げられない

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逃げられない

 仕事中、お客さんに声をかけられた。  それは、商品の場所を聞かれただけという、とても良くある事ではあったけれど、私は一瞬言葉に詰まった。  声が出なかった。  品良く感じのいいお婆様だったのだけれど、その背後、くっきりとそれはいた。  ベージュ色のセーターに白いスカート姿のそれは、長い髪を僅かに揺らしながらお婆様の背後に立っていた。  不気味にゆらゆら揺れているのだ。  慌てて気付かないふりをして、笑顔でお婆様を売り場まで案内し、にこやかにお礼を言われてから立ち去った。  あんなにはっきり視たのは久しぶりだ。  それだけそれの思いが強いのか。  しばらくして、お婆様がレジへとやってきた。  それに気付かないふりをしつつ対応したが、私は冷や汗が止まらなかった。  むしろ、生きた心地がしなかった。  お婆様の背後のそれが、明らかに、この私を見つめているのだ。  それはもう、じっとりと。  下から舐め付けるような目で見つめている。  必死にお婆様とだけ目を合わせ、笑顔で乗り切った。  上品にお礼を告げ、お婆様が去っていく。  ……お婆様は、去って行った。  それだけが、レジカウンターを挟んで向かい側に立ち尽くしたまま。  ああ、これは、気付かれていたのか。  私が、自分に気付いていると、それは確信している。  視線に耐え切れず、私は目を合わせてしまった。   それは、潰れた様な声で 「やっぱり」  と呟き…。  まるで勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべた。  ああ、これは……逃げられない。
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