第1話 この世界は美しくない

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春が近づいてきている三月下旬の現在、篁伊織は都心を走る電車に乗り窓から外を見て一年前の出来事を思い出していた。それは伊織が十四歳の時、両親が伊織と共に道を歩いている最中に、交通事故に遭って死んでしまったことであった。両親が伊織を庇ったので伊織は大怪我ではなかったが、両親は即死してしまっていた。篁伊織は入院をしてほどなく退院をしたが、身寄りがなくなってしまう。 しかし母親の遠縁にあたる人が唯一手を差し伸べてくれた。その人は都内にある下町に住んでいるようで、そこに共に住まわせてくれるらしい。なぜその人だけかは分からないが、伊織のことを気にしてくれたとのことである。 「あ、次が降りる駅だ」 伊織がそう呟くと、車内放送で次は中調布とアナウンスがされた。伊織は電車が停止すると、床に置いていたスポーツバックを担いで電車から降りた。伊織は黒髪の短髪であり、前髪は眉毛を多少超える長さに両サイドは耳にかかる程度の長さである。前髪は重い印象を受けるが、左斜めに流しているのと伊織は軽めの癖毛なので、その癖毛も相まって重い印象から爽やかな印象に変わっている。 「今日からここで暮らすのか……初めて会う人だから緊張するな……」 伊織はスマートフォンで運賃を改札で払うと、駅の外に出た。伊織は下町と聞いていたが、駅の側にスーパーやコンビニエンスストア、さらにはビルなども多数立ち並んでいたので、結構活気がある町なのだと思った。 「駅の側に迎えに来ているって言っていたんだけど、どこにいるんだろう?」 伊織が周囲を見渡すと、ビルの影から一台の黒いワゴン車が伊織の前で止まった。 「君が伊織君かな? 遅れてすまないね」 そう言い髪を茶色に染めているが、聞いていた通り初老の痩せ型の男性であった。
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