中学校

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 私が佐々木くんに告白されたことは瞬く間に広まった。  この件で男子たちは面白半分に歓声をあげ、女子たちは嘆きに近い悲鳴をあげた。  佐々木くんの告白騒動が広まったことで、予想もしてなかったことが起きる。 「天野ってさ、調子のってるよね」  鋭い声。  放課後の教室で帰り自宅をしていた私に声をかけたのは、同じクラスの安城(あんじょう)カレンだった。  安城の両脇には普段から彼女とよくいる同じグループの女子たちがお供のように立っている。  いつの間にか教室には私と安城たちしかいない。 「安城、さん……なんの用?」  安城カレン。  クラスで一番目立つグループに属しリーダー的役割を担うクラスの中心人物。  派手で華やかな外見の美人だけどキツい感じで関わりたくないタイプ。  そんな人が私に話しかけてくるなんて。  突然かけられた言葉に何を言っていいのかわからず、狼狽えてしまう。  私の反応を見て見せつけるようにため息を吐くと安城は言った。 「私さ、佐々木のこと狙ってたわけ。だから空気読んでクラスの子たちも佐々木にアプローチしなかったの。暗黙の了解ってやつ」 「う、うん」 「まだわからないの!? あんたのせいで私はすごく惨めな思いをしたわけ!」 「そうだよ酷いと思わないの!」「カレンちゃんかわいそう」  お供の女子たちが安城の背中を撫でる。  かわいそう、かわいそうと慰める女子たち。そのやり取りはまるで神を崇める宗教みたい。 「だから天野さん、あんたには落とし前をつけてもらうから」  明日から覚悟してね。  それだけ言うと安城たちは踵を返し去っていった。  安城の宣言通り、次の日から私は彼女たちから嫌がらせを受けるようになる。  登校すると上靴がなくなっていた。  何かの間違いだと思ったが、机の中には生ゴミが敷き詰められていたことから、自分がターゲットにされたことを悟った。  要するに、私に告白した佐々木くんが好きだった安城は、彼をとられた腹いせとして私を攻撃のターゲットにしたのだ。 (自分が選ばれなかったからってこんなことする?)  仮にするとしても、佐々木にであって自分に恨みを向けるのはお門違いだ、などと向こうに言っても暖簾に腕押しだろうが。  安城のグループは私を見てニヤニヤと笑っている。  大丈夫。  少し時間が経てば攻撃だって止むはず。  楽観視していた嫌がらせだったが、徐々にエスカレートしていった。  体操服を隠され、心ない悪口を通りすがりに言われ、授業であてられた際に真琴が発言すると舌打ちが聞こえる。  一番最近では足を引っ掛けられ転倒し額と膝を怪我した。  実琴が教室に遊びに来た時は自分の姿を見られないためにトイレに身を隠し、それでも遭遇してしまった時は実琴を追い出すように教室から遠ざけた。 「真琴、なんか隠してるでしょ」  帰宅し、部屋で二人各々の机で課題を片付けていると、実琴が話しかけてきた。  その言葉に私の肩が小さく震える。 「なんで?」 「表情が暗いし重い。眉間のしわ凄いよ。それに、どこでその額のタンコブこしらえたのさ」 「だからこれは、転んだの。昨日も言ったでしょ」 「ウソ。あんたが何もないところで転ぶわけないじゃん。正直に言いなよ」  実琴がじっとこちらを見つめる。まっすぐ見つめてくる黒い瞳に私は逃れたくて椅子から立ち上がった。 「とにかく何もないから。変な推測しないでよ。本当に何もないから」 「真琴」  自分がいじめられてるなんて絶対に知られたくない。  家族には、特に実琴には。  ただでさえ“出来ない方”と言われているのにこれ以上惨めな扱いになってたまるか。  佐々木くんはあれ以来話しかけてこないどころか私を避けている。まるで告白などしてなかったかのように。  私が安城たちのターゲットにされてから見向きもしなくなった。現在は違う子と交際している。  安城も安城で佐々木くんへの興味を失ったのか、私へのいじめに心血を注いでいた。恋よりも弱者をいたぶる快感が勝ったらしい。  私は心も身体もぼろぼろで家に帰った。 「ねえ、隠してるよね」  またこの姉は。  ベッドに倒れ込む私に実琴は先日と同じ質問を投げ掛ける。 「真琴」 「なにもないから。寝かせて。疲れてるの」 「いじめのせいだよね」  ……え? 「……違うよ」 「ウソ。私のクラスにも流れてきたから噂。ねえ真琴、なんで言ってくれなかったの?」  最悪だ。  実琴に知られた。  私のなかでガラガラと何かが崩れる感覚がした。 「なんで黙ってたの? 相談してくれれば私が助けてあげたのに」  姉の言葉に苛立ちを覚える。  なんで助けを求めなかったって?  そんなの。 「これ以上比べられて惨めな思いするのが嫌だったからだよ!」  告白されて。彼氏ができて。  地味な自分なりにそれなりの青春を謳歌して。  私にもやっとチャンスが巡ってきたと思ったのに。  なのに、なんで私ばっかり! 「比べるって……あんな評価あてにならないよ。真琴もいちいち気にしないでよ」  そりゃ実琴は“出来る方”だからでしょう!  私はカーッとなって言ってしまった。 「実琴はっ、“出来る方”は優越感に浸れていいよね! 悪い気しないもん。でもこっちはいい迷惑! あんただって本当は“出来ない方”の妹って私のこと見下してるんでしょ?」  言い終えてからすぐに後悔した。  突然冷水を浴びたように頭がクリアになっていく。  冷静さを取り戻した私は目の前の相手を見ることができなくて、「ごめん」と小さく吐き出すように言うと部屋を出た。  バカか私は。  家族がそんなこと思うわけない。  実琴が私を見下すわけないのに。  その後私と実琴は一言も会話を交わすことなく一日を終えた。
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