高校

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「まの……あまの……」 「……」 「天野……天野真琴!」 「は、はい!」  桜の舞う午後の三時。  英語の授業中ぼーっと考え事をしていたところ教師に名前を呼ばれ、驚いた私は頓狂な声を教室内に轟かせた。 「天野お前、入学早々の授業でぼーっとするなよ。俺の授業はそんな退屈か?」 「すみません……」  ははは、と笑い声が教室に響く。  うう、恥ずかしい。  入学してから私は小説のことばかり考えていた。主に修正作業のことで。小説一色。そればかり。 「あと三行で第一章の修正が終わる」  授業中もノートに修正箇所の直しを書き巡らせることに没頭する。  そのため入学したてだというのに友達やクラスのグループ事情にも乏しく、 一人で自分の席の机に向かう日々。  クラスでは“孤高の一匹狼”という無駄に格好いいポジションで落ち着いた。  私の通う公立・桜平坂(おうひらざか)高校は自宅から自転車で四十分かかる位置にある全日制高校だ。  特に進学校というわけでもなく、成績は中の上から下あたりを彷徨う生徒が主でようするに平均レベルの高校。  実琴が亡くなって勉強どころか宿題もろくにしなかった私は成績が落ちるとこまで落ちていた。  内申点は絶望的なことから「もう本番しか残されてない」事実を突きつけられた私は受験日二週間前から必死に勉強し付け焼き刃で入試に挑んだ結果無事合格をもぎ取る。  なぜそこまでしてここを選んだのか。  理由はただ一つ。  この高校には咲桜坂中からの進学者がいないから。  私は同じ中学の人たちとこれ以上関わりたくなかった。  あの事件を知ってる人とも会いたくない。できれば二度と。 「真琴。天野真琴! 久しぶりじゃん」  後ろからいきなり肩を掴まれぎょっとした。  名前を呼ばれた。誰?  教師の声ではない。てことは生徒の誰か?  でも、生徒で私の名前を知ってて親しい人なんていないはず……  親しげにかけられる声に恐々ながらも振り向くと、そこには懐かしさを感じさせる顔があった。  まさか、どうして。  予想もしてなかった人物の登場に私は驚いてしまう。 「久しぶり、真琴」  それは嬉しい衝撃。暗い空に一筋の光が射すような安心感を与える穏やかな笑顔。   だって、いつぶりだろう。  前よりぐっと成長してる。でも面影がある。包み込むような温かな私たちの親友。 「くーちゃん!」 「やあ! 小学校卒業以来だね」 「どうして? あの学校中高大って一貫でしょ。なんでこの高校にいるの」 「んーいろいろあって。こっちの高校を受験しに戻ってきたんだ。そしたら見慣れた姿がいたから。真琴じゃん! って」 「えーなにそれ! びっくりだよ!」 「まさか僕がいると思わなかった?」 「思うわけないじゃん。だってこの高校くーちゃんにとってはすごくバ」  言いかけている途中、口元を手で塞がれる。 「君もここの学生なんだから周囲に喧嘩売るような失言は控えるといいよ」  しー、と口を押さえられこくこくと首肯く。  口を押さえる手のひらが大きいことにくーちゃんも成長してるんだなぁとしみじみ感動する。 「伯父さんと伯母さんは? 一緒にこっちに戻ってきたの?」 「ううん僕だけ。どうせまた向こうの大学に進学するつもりだし。高校変えちゃったから外部受験するはめになったけど」 「また戻るのにどうしてわざわざ高校だけ……?」  不思議だよ。だって転校するにしたってもっと頭良い学校はある。  くーちゃんならどの進学校だって大歓迎するはず。どうしてこんな平均高校に。 「この学校でしかできないことがあるんだよ」 「えーなになに教えて」 「それは秘密」 「ここまで言って秘密なの」 「ミステリアスな部分があった方が人は魅力的なんだよ。興味をもってもらえる」 「くーちゃん私に興味もってほしいんだ」 「それもシークレット」 「謎多すぎじゃない?」  久しぶりに話すのにくーちゃん相手は全然緊張しない。数分前まで憂鬱でしかなかったのに、まさかの幼馴染登場で一気に心強くなった。 「おい空! 次の授業移動だぞー」 「はーい今行くよー」 「お友達?」 「うん。入学式に意気投合して」  くーちゃんは「じゃあ」と言って男子グループの輪に入っていった。  さすがくーちゃん、初日から抜かりなく友達をハントしている。彼はきっとあぶれる世界とは無縁なんだろうな。 「そうだ真琴。今度教室遊びに行くよー!」  振り返って大きな声で約束を投げかける。  わ、そんな大きい声で言ったら他の子達にも丸聞こえだよ。  なのに仲間たちに脇腹をつつかれるくーちゃんは楽しそうに笑っている。  たぶん彼は周囲の目を気にしないタイプなんだな。 「そういうとこ実琴と似てるな」  ふと姉のことを思いだしてしまう。 「……本当のこと言ったらくーちゃん悲しむよね」  彼に実琴のことを伝えるべきか。 「タイミングをはかって言えたらいいんだけど」  ぽつりと呟いた。
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