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それからくーちゃんは放課後になると私の原稿の修正作業を見学しにくるようになった。
黙々と筆を走らせる私にそれを見る彼。
これが恋人同士なら沈黙に耐えられないシチュエーションだが私たちは幼馴染だ。気まずさなんてものは存在しない。
「ねぇ真琴」
「なに」
橙色の廃墟の古城という名の放課後の教室に二人。
くーちゃんは前の席の椅子だけこちらに向けて腕の上に顎をのせ原稿を見つめている。
「なんでもない」
「ないのかい」
グラウンドで野球部が「ファール!!」と叫ぶ声が響いた。実にタイムリー。
たぶん彼は暇なんだろう。
何もすることがないから適当に暇から解放されようとして会話のバトンを渡した。残念真琴選手はリレーは苦手なタイプなのだ!
……まあ一応拾ってあげるが。
「ただ見てるだけで退屈しない?」
「楽しいよ?」
「そう」
作業再開。
さらさらと原稿を滑るシャーペンの動きをひたすら目でじーっと追う彼。
「あの、見られてると作業しにくいんだけど」
「僕は人の作業してる姿を見るのが好き」
「……そう」
「しかし真琴にこんな隠れた才能があるなんて思わなかったな。凄いよね。賞とって書籍化なんて」
くーちゃんは言った。
そうだね。私にもこんな才能があるなんて思わなかった。
「真琴は小説家になるの?」
「え?」
「だって初めての投稿作品が書籍化だよ。絶対に才能あるよ」
「小説家なんて……いっときの才能だけじゃやっていけないよ」
私の才能は姉の死に対する衝動的な思いから発作的に生まれたものだ。
編集の祝井さんだって作品から感じる叫びを評価した。
間違いなくそれは姉の死への叫びだ。
私が小説を書く理由はこの作品を生み出すことで完結したのだ。
そう思っていた。
考えてなかった。
自分が将来どんなものになりたいか、どうしたいかなんて。
「私はこれからどうしたいんだろう」
これが本になって全然知らない人に読まれて、知られて、それから……どうして生きていく?
「……」
黙り混む私を見てくーちゃんは困ったように微笑んだ。
「ごめんごめん。先のことより今は目先の原稿だよね」
「うん……」
「ごめんね。僕はすぐ先のことばかり考える癖があるんだ」
彼らしい。
くーちゃんは未来への設計を現在のうちからコツコツと計画的に進めているのだろう。
「くーちゃんはしっかりしてて偉いね」
「そんなことないよ。考えすぎて、それで今すら動けなくなる時もある。僕もまだ未熟者さ」
でもね真琴。
くーちゃんは言う。
「真琴。実琴のことを大切にするのは偉いよ。姉のためにここまで動ける真琴は凄いと思う。でも、自分のこともちゃんと見てあげて。自分をもっと大切にしなきゃ。真琴は“今”を生きてるんだよ」
“今”という言葉をくーちゃんは強く言った。
「とにかく真琴は素晴らしい原稿を世に届けなきゃね」
くーちゃんはそれから話題を変えたけど、私のなかで彼の問いはしばらく消えなかった。
私は、どうしたいんだろう?
どうなりたいんだろう?
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