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『修正作業お疲れ様です。修正を依頼した箇所を確認させて戴きました。ただ一点だけ気になる箇所がありまして。お伺いして宜しいでしょうか。どうしてもここだけ気になってしまいまして。最終部分のラストの二ページなんですが、ここだけ天野さんらしくない書き方というか。リアリティーや描写がここだけ曖昧というか……』
「はあ」
祝井さんから届いたメールを読んでため息を吐いた。
修正を全て終わらせた原稿用紙をパソコンのワープロで打ち直し、データにして編集部に送ったところ、このような返事が届いた。
私はひとつだけ小説に事実と異なることを書いている。
それは最後のシーン。
実琴が息をしていた最後の瞬間……屋上から主人公が転落する場面だ。
このラストだけ事実と異なるように書いている。
それは明確な死の描写を書かないところだ。
屋上から落ちた美雲は落下していく瞬間、目に映る空の青さを「綺麗だ」と表現して美雲の語りで物語は幕を閉じる。
目一杯に広がる空の青さがそこにあった。そこで物語は終了。
どこにも主人公が死んだと書かれていない。
この曖昧なラストが編集の首を傾げさせた。
ラストだけが応募時と変わらない。修正に手をつけてない。
曖昧な表現でぼんやりとした最後だから明確なものに書き直せ。
祝井さんが言いたいことは端的にいえばそういうことだろう。
「わかってるよ、それくらい……でも……」
でも私は書けない。
だって、それは……
「ねえ、どうして最後のシーンは曖昧な描写なの?」
放課後の教室で、修正が完了した原稿を最後まで読んだ幼馴染が編集と同じことを聞いてきた。
「これって物語の主人公は死んだの? でも具体的に死を描写してるわけでも生きているって表現もないし、でも実際実琴は……」
「どうだろうね」
「どうだろうねって、真琴が実琴の人生を書いたって言ってたじゃないか」
私は黙り混む。
「真琴?」
ああもう、うるさいな。
祝井さんもくーちゃんもどうしてはっきりさせたがるの。
読者って最後が明確にならないと納得しないの?
「……」
「真琴、もしかして」
くーちゃんは私に言う。
「実琴が死んだって認められてないんじゃないの」
はい核心を掴まれた。
「……だったらなに。私が逃げてるっていいたいの?」
姉の生き様を書くといいながらラストはあやふやに書いて誤魔化して逃げて逃げて、そんな自分は情けない?
姉の死が未だに受け入れなくて恥ずかしい、みっともないと言って責めるのか。
それともしっかりしろ、前を見ろと柄にもなく熱血キャラに変貌うして叱咤激励でもしてみるか。
「真琴はそれでいいの」
くーちゃんの瞳が真琴をじっと見据える。
「この物語は本当にこれで、このままでいいの?」
「勝手に私の物語の正解を決めつけないでよ!!」
思わず怒鳴るような声が出てしまう。
「……っ」
私は教室を飛び出した。
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