再会

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 まずは主演キャスト三人の審査から始まった。  当然だが新人若手とはいえ全員演技が上手かった。  全員採用! と言いたくなる気持ちを抑え候補者をどんどんしぼっていく。  幼馴染の御船役、親友の間宮役のオーディションを済ませ、主役の美雲役の オーディションが始まる。  これまでのメイン二人と同じように審査を進めていく。  そして美雲役希望者の審査は残すところあと一人。 「失礼します」  最後に入ってきた人物を見て固まった。  しばらく頭が真っ白になった。  どうして、なんで。  そういう言葉しか浮かばない。 「美雲役を希望しましたキララプロダクション所属の《カレン》です。よろしくお願いします」 (どうして、なんであんたが!!)  頭を下げるこの女を私は知っている。  いや、忘れるはずがない。  私たちを追い詰め傷つけた憎き顔。  カレンと呼ばれた女性は中学時代の同級生の《安城カレン》だった。 「……!」  安城は頭を上げる際私の顔を見て目を見開いたが、すぐににこり、と穏やかや笑みを浮かべもう一度深く一礼をしてみせる。 「今回はこのような素晴らしい作品にお声をかけて頂き光栄です。必ずこのオーディションを勝ち取ってみせます」  挨拶を終えると安城は演技審査に入った。  審査が続くなか、私は彼女の演技など頭に入るはずもなくただ「どうして」「なんで」と頭の中でそんな気持ちばかりが反芻していた。 「いいね、カレンって子」  映画出演キャスト配役全員の面接を終えると監督が言った。  現在この会場には監督と原作者である私と編集長、そして祝井さん(残りたいと志願した)の四人がいる。 「物怖じしない態度が良い。礼儀正しく振る舞っているが負けん気が強いとみた。こういう強気な新人は最近みない」 「カレンは次世代の中で一番の注目株ですからね。ここ最近ネットドラマでも引っ張りだこの有望ルーキーです」  べた褒めだった。  監督と編集長は彼女を大絶賛している。 「カレンちゃんか。あの子だったら華があるし、話題性も抜群だしいいかもしれませんね。ちょっと美雲とイメージ違うとこもあるけど……」  そう言いつつも祝井さんも安城の演技には肯定的だった。 「ていうかぶっちゃけ彼女の事務所から猛プッシュ受けてるんだよね。まあ こっちもカレンが主役やってくれたら映画の掴みも良いわけだし」  監督の言葉に編集長も首肯いた。  つまり出来レースってことか。 「……」  私はただ黙ってるばかり。  ふざけるな! あんな奴採用するなんて何考えてるの!  そう言いたいのに言えない。  だって、この人たちは何も知らない。この話がほぼ実話だってことも。私や安城の過去のことも。 (所詮私は原作者ってことか)  許可をとるための飾りにすぎない。映画制作についてはただの脇役。  話は私抜きでもトントン拍子に進んでいった。  この場に居合わせれば承諾したも当然。  私がうつむいている間に全てのキャストは決定した。  採用されたキャストの顔合わせが行われた。  場所は前回と同じ星空出版の二階の授賞式会場。今回は役者も同席できるように長テーブルが複数用意されていた。  キャストが各々監督や私に挨拶しに来る。端正な顔立ちばかりに囲まれどうも落ち着かない。  安城以外の配役は私がいいなと思う役者さんばかりで納得した。  しかしさすが芸能人。新人とはいえ全員容姿端麗で浮き世離れしている。 (このなかにいても浮いてなかったな、あいつ)  未だ挨拶に来ないたった一人の役者を思い浮かべる。  納得しないのはどうしたって主役に抜擢された“カレン”だ。 「まだ生きてたんだ?」  休憩中、なんとなく会場に居づらくてお手洗いへ行こうとすると後ろから声をかけられた。  あのときと変わらない刺々しい声が人気のない廊下に響く。 「……安城」 「今はカレンだから。安城なんて呼ばないでよ死に損ないさん」  威圧的な態度。  再会の挨拶にしてはあんまりな言葉をかける相手を睨み返す。  廊下にいるのは私と安城の二人だけ。 「さっきのニッコリ仮面は会場に置き忘れてきちゃったの?」 「あんた如きに媚び売る必要がないだけよ」  先程の人懐っこい笑顔はどこにもなく、安城は昔と変わらない意地悪な笑みを浮かべていた。 「原作者様だっけ? あんたがどういうつもりで作品を書いたか知らないけど、私は役者人生にかけてるの。過去のしがらみなんかで私の人生を邪魔しないでよね」 「!!」  こいつ!  信じられない! 最低!! 「どうしてあんたなんかがのうのうと芸能界にいて実琴の未来が奪われないといけないの?」 「なぁに? 本当のこと言って私を降格させる?」 「っ!」  それ自体は可能だと思う。  過去に問題を起こした役者だと知られたら制作側だってよく思わない。作品がマイナスイメージになる。  良くも悪くも監督たちは評判ファースト。私の訴えを聞けば熟考してくれるだろう。  でも。  この小説がノンフィクション、現実に起きたことを忠実に再現したものだと知れたら? (姉の人生を知ってほしい。多くの人に姉の生涯を知らしめたい。だけど)  それは学校に訴えるための証拠や批判材料として書いたんじゃない。  魂の移植。  この世から消された姉の魂を一冊の本に移植させること。  それが私の目的だった。  だから祝井さんの質問にうまく答えられなかった。事件やスキャンダルとして取り扱われたくなくて。  安城のことを言えば厄介なことになる。メディアに汚く取り上げられ、晒され、姉の人生が面白おかしくネタにされて、退屈しのぎのスパイスにされるなんてごめんだ。  実琴の物語を汚させない。  そのためには目の前で笑うコイツの採用を認めるしかなくて。 (どうして、よりによってコイツが!!)  私が歯を食い縛るのを見て安城は唇をつり上げる。 「ほら、なにも言えない。相変わらず姉の守りなしじゃなにも“できない”のね」  違う。 『真琴はできる奴だよ』  そうだ。私は“できる”奴だ! 「……あんたが採用されるなんて胸くそ悪い」 「ほら本音を言った! だからどうする? 私を辞めさせる?」  挑発させるように安城は言う。 「ううん辞めさせない」 「は……?」 「役者なら役の気持ちに沿って演技してみなさいよ」  真っ直ぐ相手を見て私は言う。 「だけど、私は安城に実琴の演技ができるなんて思えない。だってあんたは傷つく人の気持ちが理解できない人間だから」 「はっ。役になりきれ、ねぇ。そんなのニュアンスや感覚でどうにでもなるのよ。ちょっとそれっぽくやれば後は視聴者が勝手に解釈してくれるから」 「それでも、登場人物の気持ちを理解できなければ人の心を揺さぶる演技はできない」  私の心は動かない。 「なに小説家が役者論語ってるんだよ」  舌打ちをすると安城は私から遠ざかっていった。
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