片翼で空は翔べるか

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片翼で空は翔べるか

 その日。私は夢をみた。  そこには実琴が立っていて、元気よく私に笑いかけた。 「やっほー真琴。元気かい」 「実琴?」  名前を呼ぶと姉はことさら嬉しそうに笑顔を浮かべる。 「やぁやぁお久しぶり」 「夢だよね。どうしたの実琴」 「天国(あっち)は退屈なんでね。たまには現世(こっち)に顔を出してみようかなんて。遊びにきちゃった」 「えーえーそんなことできるの? なら毎日こっちにいなよ。部屋にいていいよ」 「落ち着け妹よ。(ここ)はあの世とこの世の境だから完全にこの世に来れたわけじゃないんだ。私死んでるからさ、やっぱこの世に留まるのは無理っぽいってわけ」 「そうなの?」 「そーなの」 「……」 「わー泣くな泣くな。つーかしみったれた話するために来たわけじゃないの! 真琴、タイムカプセル覚えてる?」 「タイムカプセル?」 「そう。小学校卒業式の後に私と真琴、くーちゃんで公園の桜の樹の下に埋めたでしょ」 「うん覚えてる。大人になったら三人で掘り起こそうって三人で埋めたよね」 「それを掘り出してほしいんだ。私にはもうできないことだから」  約束ね。  実琴が頬笑むのを最後に私は夢から覚めた。 「タイムカプセル……か」 「懐かしいなタイムカプセル」  初夏の公園の桜の樹の下。私とくーちゃんの二人は各々シャベルを持って立っていた。もう蝉が鳴いている。  公園は濃い緑が生い茂り吹く風は少なく天気は快晴、青い空には気の早い積乱雲。体感は完全に真夏日のそれ。 「今日でこの暑さって、夏本番が怖くなってくるね」 「きっと溶けてるな」そう言うくーちゃんは以前よりぐんと男前になっていた。  背がぐんと伸びて肌も健康的に焼け、半袖から伸びる二の腕は逞しい。がたいもよくなっている。 「どこかの国で狩猟ハンティングでもしてたんだっけ」 「してないよ! おもいっきり日本にいたよ」 「じゃあ秘境の山奥で小屋にこもって修行を?」 「してないから」  ずびし、と脇腹に優しくチョップを入れる物腰の柔らかい狩猟民族は日に焼けた腕を見せた。 「おぉこんがり」 「焼けただろ。絵の勉強をしようと思って外に出ては公園やり河原なりで絵を描いてるんだ」  くーちゃんは変わった。  絵の道に進むと夢を追うようになってから表情が生き生きとしている。夢という名の獲物を狙うハンターの顔だ。 「くーちゃん楽しそう」 「現実は厳しいけどね。美大には自分と同じ夢をもつ人たちがうようよいるから。実力が上の人もライバルなわけだし。でも、それが楽しく感じる自分がいる」 「眩しいぃー……」  今のくーちゃんはケトルくんに負けないくらい発光している。  小説を書いている時の私の姿を見て彼は羨んでいたけれど、今のくーちゃんもキラキラ輝いて見える。あの時の私の姿もくーちゃんにはこんな風に映ったのかな。  私たちはヤンキー座りで黙々とシャベルで土を掘る。 「真琴はどう? 最近連絡なかったから久々に会えて嬉しいよ」 「私は」  言おうとして安城とのやりとりを思いだす。 「……」 「真琴?」 「……ねぇくーちゃん。なんで私と実琴は双子として生まれたんだろう」 「え?」 「実琴ってなんでも一人でできてたでしょ? 私は不器用だから実琴に助けてもらってばかりだったけど、実琴はそうじゃなかったじゃん」 小さい頃母が私たち姉妹に話した内容は今でも覚えている。 『双子って本当は一人として生まれるはずが二つに分裂して二人の人間として生まれたものなんだよ』  あの時の会話をはっきりと私は覚えている。 『一つが二つに!? それって魔法みたい!』  実琴が言うと母は嬉しそうに言った。 『お母さんはね奇跡だと思う。実琴と真琴は魔法のような奇跡を起こした凄い子なのよ』  でも私はそう思わなかった。だから言ってしまった。 『どっちかが欠けていたら一人の人間ですらない。半人前ってことでしょ』  現に私たちは“できる方”と“できない方”って呼ばれた。  双子は凶兆として捉えられている国もある。  さく、とシャベルが土を抉る。 「きっと実琴にはできなくて真琴にしかできないこともあったはずだよ」 「実琴からそんな台詞言われたことない。弱音も吐かないし、頼られたこともない」 「あいつはそういうの言わないから」  カツン、とシャベルの先端から固いものにぶつかる音がした。 「お、いよいよご対面だね」  地面から顔を出したブリキ缶を見つけ、シャベルを動かす手を早め、くーちゃんはタイムカプセルを掘り出した。
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