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「え?」
タイムカプセルとの再会から翌日の朝。
それとなく携帯のネットニュースを開いた私は思わず声を漏らした。
ニュースの芸能記事一覧のトップに安城の名前が上がっていた。
『新人女優カレンが過去にいじめ経験があることを告白!』
大文字で記された見出しに私は詳細をクリックし記事を読み込む。
『カレンは自身のSNSのライブ配信で自分が過去にいじめを行っていたことを告白した。以下の文章がカレンの発言した内容である』
【私は過去学生時代に同じ学校の同級生をいじめました。自分がクラスで目立つ存在でいたことをいいことに、同じグループの友人を巻き込みいじめを行いました。理由は些細なことでした。ただ当時私はその人が許せませんでした。ただ、その感情をいじめを通して発散したことは間違いだったと思います。
私は愚かなことに、被害にあったその人の気持ちも知らないどころか、その行為を楽しいと思っていました。謝っても後悔しても過去に犯した罪は消えません。ただ私はこの過ちをなかったことにしてはいけない。そう思いこの場をお借りして謝罪させて戴きます。本当に申し訳ありませんでした】
『《カレン》……現在十九歳のキララプロダクション所属の女優。地元から東京に上京後、高校一年生時に芸能事務所からのスカウトで芸能デビュー。新人ながら数々のネットドラマで主演を演じる』
【追記】
『また、今年公開の映画【片翼で空は翔べるか】に主役の美雲役で出演予定だったが今回の騒動を受け映画制作がどう進行するのかは不透明である』
「……」
安城は学生時代の自分の行動を告白した。
それは嘘偽りなく、私の知る事実と同じ内容だった。
「……」
記事を読み終わると図ったようなタイミングで着信音のベルが鳴った。発信元は祝井さん。
『ネットニュース! 見た!?』
「はい」
『今カレンが編集部に来てる。あの若社長も一緒。本格的に降板が決まったみたい。代役問題に前評判のガタ落ちにしっちゃかめっちゃか! とにかく今来れる?』
悲鳴をあげるように話す祝井さんに電話越しで首肯きながら私は身支度を始めた。
「何を考えてるんだ!」
会議室では怒り心頭の監督に頭を下げる安城の姿があった。横にいる事務所の若社長も腰がパキンと折れてしまうくらい深く頭を下げている。
「天野さん。話を聞かせてくれる? カレンさんも」
編集長が静かな声で私と安城に聞く。
それは原作者と役者としてではなく、当時のいじめ事件の被害者と加害者として。
私たちは中学時代の出来事を監督と編集長、祝井さん、事務所の若社長の会議室にいる全員に話した。
「つまり、カレンは天野さんとそのお姉さんをいじめていたということか」
「はい。間違いありません」
安城は首肯く。監督の視線は私へ移る。
「この小説は実話だったのか」
「はい。厳密にはラストシーンだけ描写を曖昧なものにしてあります……死を明確にしないために」
「主演女優が原作者をいじめ、美雲のモデルは亡くなっている……」
「はーっ」監督は頭を支える。
その場に居合わせた編集長も祝井さんも口を閉ざしたまま。
「主役降板だけでも良くないイメージがつくのに、あんな暴露までして! 評判はガタオチだ! この映画の他に関わる人たちに申し訳ないと思わないのか!?」
「すみません」
「それとも自分の罪を告白して断罪を受けて罪悪感から解放されたかったのか?」
「すみません……」
「謝れば済む問題ではない!!」
「葛西さん、それくらいに」
憤る監督に編集長が諫めるように肩に手を置く。
「天野さん。カレンさんのこと、どうして最初に教えてくれなかったの? キャスト候補から外して他の子に変更することだってできたのに」
「そうだ! いじめの主犯と知ってて原作者に主演を抜擢させたと聞いたら俺たちはヒンシュクを買う」
私なしでどんどん話を進めていたのはあなた達でしょう!
呆れる私の視線にも目の前の大人たちは気づかない。
もう、本当にこの人たちって。
「いつも自分のことばかりねあなた方は」
思わず自分の口から出たものだと思ったがその言葉は隣から聞こえた。
それは安城が放ったものだった。
意地悪な目つきに人を煽るような高圧的な口調。そこに立つ彼女は学生時代に見慣れた姿だった。
「評判だヒンシュクだエゴばっか。私が言えた義理じゃありませんがもう少し自分の利益以外のものにも目を向けてみたらどうですか?」
「な、お前ッ! それが謝罪にきた奴の態度か!」
「私が一番謝りたいのは真琴と実琴ですから」
「……!」
実琴。
彼女の口から出た姉の名前に反応してしまう。
安城は私の方を向き話す。
「初めて主演映画のオファーが来て、はりきってオーディションに行ったら原作者が真琴って知った時、本当は作品をめちゃくちゃにしてやろうと思ってた。冒涜行為を企んでた。いじめてた奴が数年ぶりに再会したら姉の死からここまで昇りつめた。その逞しさと強さが気に食わなくて、悔しかった」
「安城……」
「撮影を続けていくうちに真琴がどんな気持ちでこれを書いたのか、実琴がどんな気持ちだったか、自分が取り返しのつかないことをしてしまった事実を正面からぶつけられた。そして今までその人たちの気持ちを考えられなかった自分が主役を演じられるわけないと思った。私に美雲を演じる資格はない」
私の方を見て安城は深く深く、頭を下げる。
「ごめんなさい。赦されるわけないけど。私はあんたに言わなくちゃいけない。実琴にも」
「安城……」
わだかまりが一つ消えた気がした。
それはもちろん癒える傷ではないし、赦される過去ではないけれど、それでも彼女の謝罪を受け止めることができた。
私と安城の会話を編集長と祝井さん、若社長が静かに見守っていた。監督も「すまなかったよ……」とバツが悪そうに小さく謝罪する。
「でも、とにかく代理だ! 代理のキャストはどうする」
「代理といっても評判が評判ですから。すぐに見つかるかどうか……」
「私がやります。主演」
私は真っ直ぐ手を挙げた。
「私が実琴……美雲の役をやります」
まるで宣誓するように。全員の前で私は言った。
私の発言に会議室は困惑でどよめく。
「そんな、君が主役をやるっていうのか」
「はい」
「天野さん演技経験はあるの? もしかして元演劇部とか!?」
「ないです。帰宅部です」
「その自信はどこから湧いてくるんだ⁉」
監督と祝井さんが交互に質問攻めをしてきた。まるで信用されてない。
そりゃそうだよね。原作者とはいえ演技に関してはド素人。いきなり原作者が主役に立候補するなんて前代未聞だ。
でも、私はやりたかった。
「お願いです。私に美雲をやらせてください」
「うーん、でもなぁ」
「私からもお願いします」
「安城っ?」
隣には監督に頭を下げる安城の姿があった。
「この役をできるのは真琴だけです。他の役者ではない、真琴にしかできないことです」
真剣な目で安城は言う。
「あんたは“できない方”なんかじゃない。実琴になることができるのは真琴、あんただけよ」
「安城……ありがとう」
私は“できない方”なんかじゃない。
もうそんな呪いに囚われない
今まで私はくーちゃんの言葉に、実琴の存在に支えられてきた。
今度は私が支えられた身体で空へ飛び立つ番だ。
「お願いします!! どうか主役をやらせてください!」
「お願いします!!」
私と安城の気迫に監督たちは顔を見合せる。
「どうでしょうか。ここまで熱意があるのなら」
編集長が一押ししてくれた。
「私も天野さんの演技見てみたいです。頑張ってね!」
祝井さんもエールをくれる。
「カレンが他人のためにこんな熱くなる姿初めてみたよ……!」
若社長はほろりと涙をふいていた。
ほぼ満場一致の意見に監督は観念したように天井に向かって万歳した。
「あーもうわかった! 好きにしろ! そこまで言うならやってみな!! 」
「ありがとうございます!!」
喜びながらも内心は心臓が張り裂けるほど緊張していた。
だって私はただの原作者だ。
演技なんてしたこともないし勉強でかじったこともない完全なる素人だ。
それでもやると決めた。
決めたからには踏みとどまらない。進んでみせる。前へ前へどこまでも。
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