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「これで、メイク完成」
ブラシを持ったメイクさんが正面から完成した私の顔を見るとにっこり笑う。
いよいよ始まる撮影を直前に、私は控え室で撮影用のメイクをしてもらっていた。
「うん。可愛い! 本当の中学生みたいだよ」
にゃふ! と目を細めて笑うメイクさんを猫っぽいなと感想を抱きつつ衣装に着替え髪をセットされ私は鏡の前に立つ。
その自分の姿に驚いた。
「これが私?」
平均顔が絶世の美女に劇的なビフォーアフターを遂げた際の台詞を放ってしまうが完成したのは絶世の美女ではなく素朴な平均顔。
でも間違いなく変身している。そっくりだった。
鏡を見ると実琴が立っていた。
髪はポニーテールに結ばれ、履いているのは丈の短いスカート。ぱっちり二重なのにつぶらな瞳も溌剌とした血色の良い頬も桜色のリップで塗られた艶のある唇もすべて実琴だった。
当時から成長しているから制服を着るのに多少の抵抗は感じたが、完成した姿は当時の実琴そっくりで。成長した自分はメイクの力で時の流れを止められていた。
「一瞬実琴が鏡にうつったのかと思った」
「だいぶ前の方と印象変わりましたね。華やかな一輪の花ってイメージに対してこっちは可憐な野に咲く花ってかんじ。こっちの方が作品に合ってる気がします!」
メイクさんは嬉しそうに八重歯を覗かせた。
完成した主人公像は安城と異なるのものだったらしい。可憐と云えど野の花というあたり素朴な印象なんだろう。たしかに安城は目鼻立ちがくっきりしてて華やかだもんなぁ。素朴でけっこう。
「それじゃ撮影始めていくよ」
撮影は驚くほど順調に進んだ。
言葉も気持ちも台詞を言っていて当時のことが甦っているようですんなり出てくる。
まるで自分が過去の実琴の人生を追体験しているような、実琴が自分に憑依しているような不思議な感覚だった。
(不思議。すらすらと言葉が出てくる)
私の演技を見て監督も納得したように頷いている。
「不思議だ。モデルになったのはこの子の双子の姉だったはずなのに、あの子本人が作品のモデルのように見える」
隣で見学していた編集長がその言葉に首肯く。
「ええ。モデル本人に会ったことがないのに、この子が《本物》に見えてくる。不思議な感覚ですね」
「これが双子のシンクロというものか」
一ヶ月後の八月。
撮影は進み、いよいよラストシーンになった。
小説では曖昧にしてた部分。
死の描写を避けたため、美雲が屋上から転落する描写は省かれている。
転落する直前、美雲の瞳に映る青空を背景にこの物語は終わる。
ここでついに実琴は……
「監督。ラストシーンなんですが、お願いしたいことがあります」
私は監督に最後のシーンについて一つの提案をした。
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