Fiction 0. Sample

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◆ 薬学部研究棟の三階。その一番奥にある青柳さんの研究室前の廊下は、晴れの日の昼間なのに薄暗い。 研究室前の廊下の電気はもう一ヶ月くらい前からチカチカと点灯し始めいて、ついに二週間前に完全に切れてしまった。それなのに、青柳さんは面倒くさがって、そのことを事務室にちゃんと報告していない。 青柳さんの研究室を訪れるゼミ生の誰かがそのうち報告してくれるかな、と様子を見ていたけれど。 ここ数年は、そこまで青柳さんの世話を焼いてくれる学生はいないらしい。 見慣れたベージュの研究室のドアを、コンコンと二回ノックする。 いつも通り返事はないけれど、毎週木曜日のこの時間、青柳さんは絶対にここにいる。 だから形式だけのノックのあとに、少しも躊躇わずに研究室のドアを開いた。 「青柳さーん、こんにちは」 いつものように飛び込んだ研究室に、青柳さんの姿が見えない。 正面に見えるデスクの向こうの窓はカーテンと共に全開になっていて、本棚だらけの研究室に無理やり詰め込まれた感のある小ぶりなふたりがけソファーの上に真夏の日光が照り付けている。
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