超かわいい幽霊との同棲生活が始まっちゃったんですけど

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超かわいい幽霊との同棲生活が始まっちゃったんですけど

サラリーマンの俺(田所航太・独身・28歳)は、転勤に伴い部屋探しをしていた。 駅前にある個人の経営する古ぼけた不動産会社。 俺はそこで自分の借りたい物件の条件を提示をしたところ、いくつか候補が挙げられた。 その候補の1つに、異常に安い物件があった。 「安っ!!ここ案内してくださいよ!!」 「え、この物件でいいの?ここ立地も良くて安いけど、前の借り主が自殺しててねぇ…」 不動産には事故物件の告知義務がある。 契約するにあたってのルールとはいえ、誰が聞いてもパスしそうな瑕疵だが、 「え、自分は幽霊とか信じないんで全然いいです!」 俺は即答だった。 (こんなに家賃が浮くなら合コンとか行きまくれるかも!そして念願の初彼女ゲット!) 「変わった人だねぇ、んじゃ内覧行く?」 「お願いします!!」 部屋は3階、最上階。 駅も近く、南向きで日当たりもよく、ベランダからは自然も見えてとても穏やかだ。 何より破格の家賃。 俺は下心のままに物件の契約をした。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「よし、引越し作業終了!一人分だし早いな、明日は初出勤だし今日はもう寝よう…、足りないものは明日の会社帰りにホームセンターで…」 引っ越し初日。 昼間から家財等を荷解きし、環境が変わったこともあり疲れてしまった。 パチ、と電気を消し、布団に入った瞬間、 「ひえぇ!!!何かおるぅうううう!!!!」 首にロープを巻きつけた長い髪の女性が足元に、 ……出た。 (え、でも…よく見ると結構かわいいかも??) 孤独、そして彼女いない歴=年齢とは恐ろしいもので、もはや幽霊でも「女性」という認識だ。 「あのーー、私地縛霊ですけど怖くないんですか?」 「シャベッター!!!!…ん、何か声もかわいい!!」 拗らせもここまでくればビョーキであるが、充分自覚しているから放っておいてほしい。 とりあえず霊と和解しよう、そうすれば少なくとも取り憑かれることはないかもしれない。 「あっ、まぁ少しは怖いけどさ。えーーっと、ここで自殺したっていう女性だよね?名前何?何歳?どこ住m……」 「私は自殺じゃありません!!殺されたんです!!」 ナンパのように捲し立てる俺をよそに、幽霊が遮った。 「ひぇえ!!近い!近い!大胆な子は嫌いじゃないけどォオ!!」 色々刺激が強すぎて、俺は後ずさった。 「あ、すみません…私はここに住んでいた、名前は杏奈と言います。 ここで…彼氏に殺されました。…新しい彼女が出来て、私が邪魔だったみたいです……」 彼女…杏奈は泣き出した。 よしよしと宥めたいところだが、実体がないために手を差し出してもスッと通り過ぎてしまう。 「俺は航太って言うよ、しがないサラリーマン。新しいここの家主。 つまり、犯人は彼氏で、君は自殺に見せかけられて殺されたんだね。」 杏奈はコクンと頷くと、長い前髪を耳にかける。 こんなにかわいい女性を殺すなんて許せない。 「私は死んでも死にきれませんでした。だから地縛霊となってしまって…驚かせてごめんなさい。」 「いいよ、君が気の済むまでここにいればいい。一緒に証拠を探そう。 何としてでも彼氏を警察に突き出してやるから!」 「ありがとう…ございます…!」 (あーー、幽霊じゃなければなぁ……かわいいのに!!) かくして、俺と杏奈…人間と幽霊の同棲生活が始まった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 転勤初日。 俺の教育係の先輩はとてもいい人で、上手くやっていけそうだと思った。 俺は定時であがらせてもらい、とりあえず近所の聞き込みをしようと一旦家へと向かった。 「ただいまー、って深夜にならないと居ないよね。」 ただいまを言ったのは何年ぶりだろう、と思いながら、スーツから普段着に着替える。 (聞き込みするならまずはお隣さんかな、挨拶もしないとだし。) インターホンを鳴らすと隣には70歳過ぎの老女が出てきた。 名前を告げて挨拶をすると、いきなり捲し立てられる。 「アンタ!新しいお隣さん?よろしくねェ!! え、ゴミ出しのルールを聞きたいって??そんじゃ教えるからよーく聞いときな!」 「いやいやそんなこと一言も言ってないです!!!あの、引っ越し早々すみませんが、ウチで以前に自殺騒ぎがあったとか?」 「そーーーーなのよぉ!!もうさ、ケーサツが来て大変だったよ!!! まァ自殺だったみたいだからサ、そんなに長くは居なかったんだけど!そっから清掃業者だろ?お祓いとかも来ちゃってサ!」 警察は自殺と断定…。 事件性がないとされたのは理由があるのか? 「なるほど…その騒ぎのこと、何でもいいんで教えてくださいませんか?」 「あたしゃねぇ、この近くのアパートの大家やってンだけどさ、しぼーすいてーじこく?の辺りはそこで家賃の取り立てだの何だのやってたからなーんも知らないんだ。 もーね!ウチのアパートにゃ若い夫婦が住んでるんだけど変わった奴らでサ、この前も…」 「あー!話の途中スミマセン!何かその、死亡推定時刻辺りのことで知っていることとか気にかかってることはありませんでしたか?噂話とかでもいいんです!不審者がいたとか、変な音とか!」 「変な音?…………あたしゃ知らないけど、そういえばねェ、男の悲鳴が聞こえた気がしたって言ってた人がいたよ。」 「男の…悲鳴?」 「あぁそうさ、まぁ自殺だってンで警察は気にも止めてなかったそうだけどネ。」 殺された杏奈の悲鳴ならわかるが、何故男の悲鳴が…? 何か、物凄く重要な手がかりになる気がした。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 深夜0時。 (杏奈ちゃん、そろそろ出てくるよね…) 音もなくスッと彼女は出てきた。 「杏奈ちゃん!!!会いたかったよ!!!」 俺は彼女に抱きつこうとしたが実体がないので以下略。 「杏奈ちゃん、事件当時のことはあまり思い出したくないかな…」 「そう…ですね。怖かったのと苦しかった記憶はしっかり覚えてますが、記憶は断片的で…。」 想像も絶するような恐怖と苦しみだっただろう。 それでも、少しでも情報を集めなければ。 「隣のおばあちゃんがさ、事件当日に男の悲鳴が聞こえた人がいたって証言してくれたんだ。何か心当たりある?」 「うーん……あの時は無我夢中でもがいていたから、彼を殴ったりしてその声だったのかもしれません。」 この細腕で… よく見ると、彼女の指先はボロボロだった。 もしかしたらDV彼で、交際中もよほど辛い思いをしたのかもしれない。 「杏奈ちゃんはさ、向こうの世界で苦しくない?」 「気分的には、ただひたすら彼への恨みと、際限のない『無』があるのみですね。このままでは成仏も出来ず、ひたすらこの想いを抱えて彷徨うことになりそうです。」 気が晴れるまでいつまでも居てくれても構わないが、それでは浮かばれないだろう。 彼女を救いたい。 そのためには何としてでも手がかりを… 「それにしても、警察が自殺と断定するのが少し早すぎると思うんだ。何でだろうな…」 「あぁそれなら多分、私が一度書いた遺書が見つかったのかもしれません。」 「遺書…?」 「はい、彼に他に女性が居ると知った時に死のうと思って…でもやっぱり前向きに生きようと、断念したんです。 結果、その彼に殺されてしまったんですけどね… 遺書の廃棄もしていなくて、彼が見つけて上手いように使われたのだと思います。」 ここまで思い詰めて、それでも懸命に生きようとした女性に…… 犯人は何て奴だ…! (絶対解決してやる!!) 俺は強く思うようになった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 事件に関してはそれから全く進展がないまま数日が経った。 深夜に電気を消すと杏奈が現れ、俺が寝付くまで一緒にいる日々。 他愛もないことを話したり、一緒にゲームをしたり。(杏奈は当然見ているだけだが) 俺は寂しいと感じる時間がほぼなくなっていることに気付く。 杏奈も笑顔が増えてきた。 …だが、 最近、彼女の幽体が薄くなってきたのは気のせいか…? ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ある日の朝。 起きたら杏奈は当然居ない。 見えないだけなのか、この世ではない場所に居るのかは知らないがこの時間は決まって寂しい気持ちになる。 「良い天気だな、窓を開けるか。…あれ?」 俺はベランダの窓を全開にしようとしたが、完全には開かないことに気づく。 「何か挟まってる…」 サッシの部分に何かが引っかかっていたようだ。 それを拾い上げると、血のついたピンク色のカケラが落ちていた。 「何だこれは…?職場で聞いてみるかな…」 念の為ジッパー付きの袋に入れ、職場へ向かった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「瀬田さんすみません。コレって何かわかります?」 職場の先輩、瀬田貴志さん。 仕事も出来て人当たりがいい。 この人が居るなら、この職場で長く勤めたいと思えるような先輩だ。 「何だこれ…?どこかで見たことがあるな…」 瀬田さんはカケラをまじまじと見つめ、首をひねった。 すると、思い当たることがあったのか、 「確か昔の彼女が…。 あーー、思い出した、アレだ。」 名称を聞くと、形状からも「なるほど」と思えるものであった。 そうか、だから………… 男の悲鳴。 杏奈のボロボロの指。 血のついたカケラ。 これは…証拠になる。 俺はこれを持ち、再捜査を依頼しようと警察に向かった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 深夜0時 「杏奈ちゃん、来たね。」 「『うらめしや』、って言えばいいですかね。」 彼女は、ふふ…と小さく笑った。 この可愛い笑顔をいつまでも見ていたいが……、タイムリミットは迫っている。 嬉しいはずなのに、寂しい。 「事件のことで進展があったんだ。君の彼氏を殺人の容疑で罪に問えるかもしれない。」 「本当ですか?どうして…」 「今日、証拠になりそうなものを持って警察に行った。 サッシに君の持ち物らしきものが落ちてたのを見つけたんだ。 今DNA鑑定中だが、おそらく犯人の血痕が付着していると思う。」 彼女の傷んだ指先が口元を覆う。 「何を…見つけたんですか?」 「ネイルチップだよ。俺は詳しくなかったんだけど、付け爪ってやつだろ?」 「…?!」 「血痕が付着していたのは、君が爪で引っ掻いたりして抵抗した際に彼のものが付いたのだと思う。 君の指先…何か不自然に傷んでいてずっと気になってたんだ。 もしかして生前にDVでも受けていたのかと思ったけど、君が思い出してしまうのが気の毒で中々言い出せなかった。」 「……」 「だけど、違ったんだね…おそらく証拠隠滅のために彼はネイルチップを殺害後に全て力づくで剥がしたんだ。 そしてどのタイミングかはわからないけど、1つだけサッシに飛んで落ちてしまっていたんだろう。」 杏奈は納得したのか、自分の指をまじまじと見つめた。 「確かに、私は生前にネイルチップを付けていました。 抵抗して引っ掻いたのも記憶があります… 専用の接着剤(グルー)で固めていたのですが、死後に無理矢理剥がされて指がこんなことになってしまったのですね… 死後は痛みがないので気付きませんでした。」 彼女の証言で、全てが繋がった。 ならば、もう…… 「それなら、DNA鑑定の結果が出れば必ず彼は事情聴取を受けることになる。そして罪に問われて刑罰を受けるだろう。 殺害された憎しみは消えないだろうが、君はもうこれ以上苦しまなくていい。 だから、寂しいけどお別れだ…」 「航太さん…!」 俺は、消えゆく杏奈の幽体を抱き締めた。 感触もぬくもりも一切なかったが、心では確かに感じた。 「航太さん、本当にありがとうございます…。 あの世から必ず見守ってますから! 私の分まで、頑張って生きてくださいね!」 「杏奈ちゃん、俺こそありがとう。 数日間だったけど、女の子とこんなに話したのは人生で初めてだったよ。 来世でまた、会えたらいいな……」 杏奈はコクンと頷くと、笑顔を残して消え去っていった。 まるで夢のような日々と共に………。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「瀬田さん、ユーレイって信じます?」 「は?何いきなり急に」 職場での昼休み、休憩室で男二人でコンビニ弁当をモサモサと食べていた。 TVでは、「自殺と思われていた女性!元交際相手による絞殺か?」などというテロップが出たワイドショーが流れている。 「んー、俺は割と否定的ではないかな。何回か助けられたし…」 「え?何て?」 「……何でもない。 それよか田所さ、近々合コン行かね? 隣の総合病院のナースに声かけてみたらOKもらった!」 「!!!ナイスっすよ先輩!もちろん行きます!」 女運のない二人の物語は、まだまだ続く………かもしれない。
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