1/3
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ

 会議室に呼び出された時、私はサンマの新作衣装を考えていた。  秋刀魚。さんま。SUNMA。  響きにイマイチ可愛らしさが足りないけれど、新しい缶詰を売り出す会社から、既存の秋刀魚のイメージをくつがえす、ポップで可愛らしいイメージのポスターを作りたいと相談を受けていた。2日間の試案を得て、サンマの綺麗な銀色の肌に映えるのはベビーピンクじゃないかというところまで詰めたところで、課長から声がかかった。 「高木さん、あとでちょっと時間ある?」  杉本課長が工場と電話していたのは気づいていた。電話を切って覚悟を決めるように受話器を見たのも視線の端に映っていたから、だいたい何を言われるか想像が付いていた。予想通り、いつもよりも優しい感じのする声で課長は私に声をかけてきた。 「えっと、10時半くらいからなら。あ、だけど11時には出る予定です」 「大丈夫。そんなにかからないから」  じゃぁ、あとで、とにこやかに笑って課長が部屋を出て行った途端に、真紀がするりと寄ってきて空いていた私の隣の椅子に腰を下ろす。念願の印刷会社に入社して3年目。数少ない営業部の同期だ。すらりとした長身の真希だけど、椅子に座ると目線は私とほぼ同じ(私の座高が高いわけではない、……と思う)。そして長い髪をさらりと梳きながら口を開いた。 「織子〜。また工場怒らせたんでしょぉ」 「怒らせてない。私は仕事をしただけだもん」 「本当にぃ〜?」  真紀が目を細めてじっと見つめてくる。心の奥を読んでくるような鋭さに、本音を見透かされそうでつい目をそらす。 「何したのよ」  さすが、常に営業成績上位キープの眼力は違う。目をそらした拍子に、ひそんでいたやましさを突かれる。仕方なくうなずく。 「……意見の相違があった」 「色見本を10回作らせたらしいね」  呆れたような笑いを浮かべながら真希が目を細める。 「知ってんじゃん」 「全社員知ってる」 「全社員は言い過ぎ」 「だね。全営業部員が正解」  にこりと白い歯を見せて微笑んだ途端、真希は厳しい顔が一転して人懐っこい印象になる。なんとも言えない不思議な魅力。彼女と初めて会った時、なんて色鮮やかなんだろうと思った。マンダリンオレンジみたいに華やかだったと思ったら、コバルトブルーのような深い静けさを醸し出す。  彼女と真剣にやりあった人は誰だって、このギャップにやられてしまうのではないだろうか。表情の豊かさというのは、真似するだけでは身につかない。コツだけでも教えてくれないだろうか。そんな彼女の魅力にはまりきっている同僚が「佐々木さーん、そろそろ行くよ〜」といそいそと声をかけてきた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!