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プロローグ
まだ名前のない色を見てみたい。
そう思ったのはいくつの頃だったのだろう。
埃っぽいあの場所からおじいちゃんはいくつもの色を生み出した。
海の色は青じゃない。
雲の色は白じゃない。
森は緑だけじゃない。
たくさんの、それこそ名前のないような色が溢れている。
「さて、今日は何を見たい?」
おじいちゃんがそう言うだけで、私は世界の始まる予感にワクワクした。練られたインクの甘いような青臭いような香りがおじいちゃんからはいつもして、そんなおじいちゃんが開いてくれる本のページは特別だった。指差す先に世界のかけらがそこに現れた。
空は桃色に輝いて、森にはじっと息をひそめる赤が隠れて私を待っていた。初めて本物の海を見たときに、少しだけがっかりしたのはおじいちゃんのせい。おじいちゃんが作ってくれた色ほど魅力的に見えなかった。だけど、目を閉じて風を感じながら深呼吸してみたら、頭の中に広がったおじいちゃんの青がここは本当の海だと教えてくれた。
世界を教えてくれる色にもっと出逢いたい。
そんな強い気持ちが自分の中にあることを知った。
それは、きっととても幸せなことだと幸せなことだと思っていた。
だけど、世界の色は私が思っているよりももっと雑多で濁っていた。
私たち世界の本当の色を知ったせいなのだろうか。
海と森と空と、世界を教えてくれたあの本は、いつの間にか消えていた。
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