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「なんでも夜な夜な黒いローブを身にまとった不思議な男が現れては、道行く人間に催眠術のようなものをかけるのだとか。そいつは特に若い男女に狙っているらしく、術をかけられた連中は闇の中へと連れ去られちまうんです」
「下らない。どっかの魔法使いが悪さしているだけだろう」
「それがですね、問題はそいつが魔王軍を名乗ってるそうなんすよ」
「はあ?」
魔王はさすがに不機嫌になる。
そんな馬鹿をやる部下はいないはずだ。四天王は勇者との戦いの後に慰安旅行へ出してしまったし、それ以外の魔物もそれぞれ里帰りしたり育休を取ったりしている。
領土に残っている部下の行動は把握しているから、これが魔王軍の仕業なんて有り得ない。
「誰かが魔王軍の名を騙っているのか」
非常に腹が立つ事態だ。
人間たちとはすでに和解しているのに、まるでこっちが約束を破って人々を襲っているみたいじゃないか。
「それでですね、人間側の使者が話を聞きに来るそうです」
「いちいち面倒だな。なんで俺が人間なんかに会わなきゃならない」
「ですが、どうやら使者としてやって来るのは勇者の奴だって話ですぜ」
「え、マジで?」
魔王は目を輝かせた。
ここだけの話、魔王は勇者が好きだった。
変な意味ではない。彼は自分と互角に戦えるくらいの力の持ち主だ。
魔王は勇者を宿敵として認めており、彼があんな姫と結婚せねばならないことを心から気の毒に思っているくらいだ。
人間たちと和解して以来、勇者とは会っていない。
その彼が久しぶりに会いに来る。
「ま、まあちょうど退屈していたし、会ってやってもいいけど」
「ボス、嬉しそうっすね。まあボスには勇者と姫さん以外に友達がいませんものね」
「勇者はともかく誰があんな女と友達だよ!」
「勇者の方は否定しないんすね」
とにかく勇者訪問の話に魔王はそわそわした。
心なしか緊張してしまうのと同時に、彼が来てくれる日を心待ちにしていたあの頃を思い出して楽しくなる。
勇者はすぐそこまでやって来ているそうなので、魔王は大慌てで彼を迎える準備をした。
彼が部屋に入って来たら「よく来たな!」と言って出迎えてやるつもりだ。
やはりここはドラマチックに演出したいところなので、自分は扉に背を向けて立っていよう。扉が開いたらカッコよく振り返ろうと心に決めていた。
魔王には、玉座の間に向かって歩いてくる何者かの気配をはっきりと感じることができた。少しずつ、それは近付いてくる。
そしてとうとうその瞬間が訪れた。
魔王の待つ部屋の扉が、勢いよく開け放たれたのだ。
「よく来たな!」
あの戦いでも身に着けていた思い出のマントをバサッとさせながら振り返り、魔王は高らかな声で来訪者を迎え入れた。
しかし入って来たのは勇者ではなく、一人の美しい少女だった。彼女はにこりと微笑んで、カッコつけながらフリーズしている魔王の姿を見つめている。
「ごきげんよう、魔王様」
「うわ」
心から嫌そうな声が出てしまう。
現れたのはドレスを着たショートカットの貧乳の少女。
かつて魔王のストレスとなっていた、あのじゃじゃ馬姫だったのだ。
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