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「うふふ、魔王様ったら相変わらずお茶目なことをなさっているのね」
「帰れ」
「理由も聞かずに帰れはないでしょう」
「キミの用事になんて興味はないんでね」
魔王にとって姫はある種の天敵だった。
いつも生意気な口を叩いてきた上に、玉座の間に勝手にでかいピアノを置いてうまくもない演奏を毎日のように聞かされた。
彼女とは全然趣味もあわなかったし、こんな女を嫁にと考えていた過去の自分を殴りたい。
勇者が姫を連れ帰ってくれてせいせいしていたのに、それがなぜまたここにいるのか。
「まあまあボス、そう言わずに。せっかく姫さんが会いに来てくれたのに」
ため息を吐く姫を見て、彼女にすっかりほだされているオークも同調する。
「俺は別に会いたくなかった。ていうか、今日は勇者が来るって聞いてたんだけど」
「実はその勇者様があなたのところへ行くと知って、面白そうだから城を抜け出して勝手についてきましたの!」
「なんて女だ」
ほこらしげな返事に魔王は頭を抱えた。
確かに姫は勇者の婚約者だが、この口ぶりからして彼の許可も得ずに、それどころか周りの人間にも無断で出てきたのだろう。
事情を知らない城の者たちは、姫の失踪に今頃パニックになっているのではないか。
彼女が周りを困らせようと知ったことではないが、もしもこちら側に飛び火して「きっとまた魔王にさらわれたに違いない!」とか言い出したらどうする気だ。風評被害で訴えてやろうか。
「ちなみに勇者様とは途中ではぐれてしまいましたわ」
「あの馬鹿まだ方向音痴直ってないのかよ」
「そう簡単に直るものでもないでしょう。私も道に迷って困っていたのですが、親切な魔王軍の方たちに保護されてここまで案内されてきましたの」
魔王はひそかに舌打ちをした。
こんな奴ほっとけばいいのに、うちの連中はお人好しだから困る。
それにしても勇者も勇者だ。
こっちは楽しみに待っていたのに、なんだかもてあそばれたような気持ちだ。
「ところで魔王様、私ここまでくる道中である噂を仕入れてきましたの」
「どうせ下らない話だろう」
「そんな風に決めつけず、ちゃんと聞きやがってくださいませ」
微妙に上から目線な口調で言われてしまったので、渋々耳を傾けてやることにした。
どうやら姫の仕入れてきた噂というのは、さっきオークから報告を受けたあの話の続きのようだ。
「夜に若い男女が連れ去られるというお話でしたが、その方たちの目撃情報があったのです。彼らはなにかに操られているのか、うつろな目をして『魔王様ばんざい』『私の愛を魔王様に捧げます』などの言葉を繰り返しているとか」
「どういうことだよ?」
「しかも彼らは敵とみなした相手には、鬼のような形相になって攻撃を仕掛けてくるそうですわ。どうやらただ操られているだけでなく、身体的な能力も上昇しているみたいですの」
「ますます意味がわからないな。魅了の魔法でも使われているのか?」
確かに部下の中にはハニートラップを仕掛けては獲物を蹂躙するのが得意な者たちがいる。
だが今の話が魅了の魔法によるものなら、術をかけた本人ではなく魔王の虜になるのはどうしてだろう。
「言っておくが、俺は部下にそんな命令出してないぞ」
この件は他の奴の仕業だろう。
けれど、一体なんの為に。
やはり人間たちに悪さをすることで魔王の評判を落とそうとでも考えているのか。
迷惑なのでさっさと成敗してやりたいが、問題はどこの誰がそんな馬鹿を行っているかだ。
「うふふ」
なぜか姫が嬉しそうに笑い出して、魔王は気味の悪さを覚える。
「なんだ気色悪いな」
「この件が魔王様の仕業でないとわかって安心しましたわ。私、あなたが心配でたまりませんでしたの」
「は、はあ? なんだよそれ」
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