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2 薄っぺらい本
勇者がさらわれたと聞いた魔王は、とても珍しく人間たちの住む場所へとやって来た。
普段彼は城からでない。
こんな言い方をするとまるで引きこもりみたいだが、魔王たるもの人々に恐れられる存在でなければならないので、ホイホイ人前に顔を出すわけにもいかないのだ。
彼が外に出たのは姫をさらって来た時と、なかなか城に来てくれなかった勇者を迎えに行った時である。
そんなわけで久しぶりに外出した魔王だが、彼は今大人げなく苛立っていた。
「なんでキミも来たんだ?」
「私は勇者様の婚約者ですもの。大切な人のピンチに駆けつけるのは当然でしょう」
魔王の苛立ちは更につのった。
邪魔だから傍をうろつかないでほしいのに、お構いなしの彼女が気に入らない。
彼女が勇者と婚約者である事実も、マウントを取られているようで気に入らない。
「それになんだその服装」
「あら、似合いませんか?」
「俺と被ってるじゃないか!」
人間たちのいる場所にやって来たので、正体がバレないように魔王は変装をしていた。
青と銀の刺繍が入った立派なローブを身にまとい、頭には金色のサークレットをつけ、手には宝石のはまった杖を持っている。
インテリな賢者というコンセプトで選んだ服装だ。
僧侶や魔法使いでなく賢者をチョイスする辺り、彼のプライドの高さがうかがえる。
しかし、同じく変装をしてきた姫も似たようなローブを身にまとい、サークレットをつけて杖を持っている。
たいして頭もよくないくせに賢者ファッションを選ぶとは図々しいにもほどがある。
ちなみにオークも術で人間に化けているのだが、彼は身の程をわきまえて武闘家の格好をしている。
「ともかく、さっさと勇者を捜そう」
ここは魔王の領土とは反対方向にある街だ。この街で勇者はローブの男に襲われて行方不明になったらしい。
「よしお前、聞き込みをしてこい」
魔王はオークに命令した。
「ボスはどうするんでやす?」
「人前で俺をボスって呼ぶんじゃないよ別の呼び方考えな。俺は人間たちの偵察もかねてあっちで聞き込みをしてくる」
さっさとオークを行かせ、魔王も行動に出た。
「よし、それじゃあ行くよ賢者くん」
「馴れ馴れしいぞ。ていうかキミは一人で行け」
「あなたが馬鹿をやらかさないように、ちゃんと見張ってあげようと思って」
馬鹿をやらかすのは絶対にそっちではないかと魔王は思う。
しかもなぜか姫は腕を組んでくる。
本人曰く、カップルとして行動すれば目立たないはずだという考えだ。
果たしてそうだろうかとは思ったが、こちらは人間の街で行動することに慣れていないので、嫌々ながら彼女に任せることにした。
それにしてもこの街の住民はなんてのんきなのだろう。店もたくさん出ているし、人々は活気にあふれて楽しそうだ。
ちょっと前までは魔王を恐れて外出自粛していたくせに、和平を結んだ途端に気が緩み過ぎではないか。
「賢者くん、迷子にならないように気を付けるんだよ」
「だから馴れ馴れしいって。言っておくが、俺はキミと仲良くする気はないからな」
「はいはい、あなたが好きなのは私ではなく勇者様ですものね」
「な、なに言ってんだ気色悪い」
顔を赤くする魔王に、姫はいつもの口調で答える。
「仕方ありませんわ、だってあの方は可愛らしいですもの」
「だからそんなんじゃ」
魔王はもごもごしてしまう。
こんな言い方だと勇者がものすごい美少年のようだが、別にそんなことはない。不細工ではないし、姫よりも可愛げがあるのは事実だが。
なんだか別の意味で彼を好きだと捉えられているようで複雑な気持ちだ。
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