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1 愉快な訪問者
その女性を初めて見たとき、魔王は運命を感じた。
艶やかな長髪、放漫な胸、整った目鼻立ち。それに、おしとやかそうな面差し。
彼女はなにもかもが理想通りの女性だった。
「あ、あなたは誰?」
突然窓辺に現れた魔王に、月明かりに照らされた彼女は怯えた表情を見せた。
驚きでもらした声も美しい。
必ずこの人を花嫁にしようと心に決めると、魔王はかっこよくマントをバサッとなびかせた。
「我こそはこの世界を支配する者! お前を我が花嫁として迎え入れてやろう!」
こうして悪い魔王の手によって美しい姫はさらわれてしまった。
けれど彼女の婚約者である王子が世界を救う勇者として魔王退治に乗り出した。人々の期待を背負って勇者は旅立ち、魔王の方もいつ勇者がやって来てもいいように罠を仕掛けて入念に準備をした。
魔族と人間、果たして勝つのはどちらなのか。
人々はこの戦いの行方を固唾を飲みながら見守った。
そして時は流れた。
「暇だなぁ」
その日も魔王は城の玉座でふんぞり返っていた。
最近とても暇である。
魔王は世の中の悪人の例にもれず、悪いことをして人々を困らせた。
彼は容姿端麗で背も高く、いわゆるイケメンと言われる存在だったので、悪事の仕上げとして、世界で一番美しいと言われている姫を花嫁として連れ去った。
だが残念ながら姫はまったくと言っていいほど魔王の好みではなかったのだ。
理想の女性だと思ったのに、美しい長髪はただの付け毛で本当はショートカットだったし、豊満だと聞いていた胸の正体は詰め物だった。
おまけに性格はとても生意気で、連れて来たことを後悔したくらいだ。
だがさらってきた手前、突き返すのは魔王の沽券に関わるので迎えが来るのを待っていた。
なのに肝心の勇者は方向音痴でなかなか城まで来なかった。
戦いに勝った上で相手の強さと勇気を認め、姫を返すことで大物感を演出しようとしていたのに。
彼の為に「よく来たな!」というセリフの発声練習もしていたし、寝る前には勇者と戦うイメージトレーニングも欠かさなかったのに。
だがまあ、時間はかかったものの彼は来てくれた。
というよりあまりにも遅いからしょうがなく迎えに行ってあげたのだ。
彼の強さは本物で、久しぶりに全力を出した戦いは楽しかった。
背中に翼が生えた第二形態、そして美しいドラゴンと化す第三形態も披露できて、魔王はとても満足した。
戦いの後は予定通り姫を連れ帰ってもらったし、もう悪いことはしないから仲良くしようと言って和解した。
姫のことは好きではないが、勇者のことは気に入った。
その勇者との戦いが終わってから数か月。
魔王は平和なひと時を噛みしめるのと共に、あの頃のワクワクした気持ちがなくなって退屈していた。
それに全然好みではなかったものの、姫がいないのはそれはそれで物足りない。
やかましかった日々が懐かしくて、ほんの少しばかりだが寂しさが打ち寄せてくる。
「はー暇だ」
「ボス、てえへんです!」
バーンと勢いよく扉を開けて部下のオークが入ってきた。
「なんだ、俺は忙しいんだ」
「ええー最近ずっと暇だってぼやいていたくせになに言ってんすか! それよりてえへんなんです! 最近、人間たちの街でおかしな事件が多発しているそうですぜ」
慌てながら話を切り出すオークに、魔王はしけた顔をする。
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