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09 矢口悠也 act.2
この日も派手にイベントが開催されていた。本日終日貸し切りと張り紙をしている扉を開け、下り階段を下りていた悠也は途中で立ち止まった。酒と煙草と、精液や愛液の生臭い匂い。思わず顔を顰める。
基本的に小川玲士と藤井千紘の知り合いの伝手で会場を用意しているらしいが、いくらのお金で買収されているのか知らないがよくやるな…と会場を貸しているオーナーに悠也は呆れていた。
元々は普通のバーだと思うが、今は完全にハプニングバー以外には形容出来ない状態になっている。あちらこちらの席でお互い見せつけるように激しい動きでセックスしている男女を侮蔑の視線で眺めながら、奥に居るだろう玲士と千紘を目指して歩いた。このまま匿名で通報でもしてしまおうかとも一瞬考えるが、店の責任者がトカゲの尻尾切りに遭うのが目に見えていたので止めた。
奥に行けば行く程、熱気とぐちょぐちょとした粘着な水音が増していく。ソファー席を通り過ぎる所で、短髪の男に突っ込まれたままの女がケラケラ笑いながら歩く悠也の腕を掴んだ。
「どこ行くの~? 矢口クンもシよ~よ~…」
甘ったるい声は舌足らずになって意識は朦朧としており、明らかに自分の限界以上の酒を飲まされている様子だった。女に突っ込んで腰を振っている男は「今は俺の番だろー?」と女の胸を鷲掴みながら泣き真似をしている。
「鳥居くん、上手くないんだも~ん」
「おま、そういう事言うやつはこうだっ」
鳥居と呼ばれた会員の男はウィスキーの入ったグラスを一気に口に含むと、女に口付けてそのまま女の喉奥へと流し込む。更に呂律の回らなくなった女が演技か本気か分からない喘ぎ声を出すようになると、鳥居は満足気に笑った。
悠也の呆れた視線をどう都合良く受け取ったのか、鳥居は絡むように口を開く。
「なんすか、矢口さんもこいつとヤりたいんスか? 俺の後か~…ケツの穴なら空いてますけど?」
にやにやしながら言う鳥居に「僕は違うから」と静かに言い放つと、口をモゴモゴさせて引き下がった。悠也から視線を逸らして、最早喘ぐしかしない人形のような女を興奮しながら抱いている。
-下劣な奴ばかり。特に鳥居、こいつは嫌いだ-
悠也が玲士達に嵌められる以前は、鳥居は悠也を取り巻く有象無象の一人であった。今は完全に掌を返し、玲士と千紘の下っ端に成り下がっている。悠也がサークルに加わり、玲士や千紘と対等にやり合っているのを快く思っていないらしいが、そんな事悠也の知ったことではなかった。あのイベントの夜…辱めて痛めつけてきた人間の中に悠也は確かに鳥居の姿を見ていた。当然、許せるはずがない存在の一人になっていた。
「お、お前も来たのかよ」
奥には玲士が居た。ソファーに踏ん反り返り、酒を飲みながら合間に裸の女が食事を口元に運んでいる。反対側の女は床に膝をついて羽のついた扇子で扇いでいる。どこのアラブの王子だと、悠也は内心で吐き捨てた。そんな悠也の苛立ちを軽く流すように、玲士は口元のパイナップルを齧りながら笑っている。
「お前ももう仲間なんだから、楽しんでいいんだぞ?」
隣の女の胸を左手で揉みしだきながら、横目で悠也を見つつキスをしている。右手は女の股に伸び、耳障りな粘液の音をわざとらしく鳴らした。
玲士もまた、悠也にとって下品で許せない男の一人だった。玲士を見る悠也の表情はとても冷ややかであったが、意に介した様子も無い。静かな怒りを向けながら、「僕は違うから」と鳥居に言ったのと同じ言葉で拒絶した。
「つまんねー奴だな」
「何とでも。…それより、調達役を見つけたよ。教養学部の綾瀬舞。合コンや出会い系イベントに女を送り込むバイトをしてる。これで嵌めイベの条件はクリアしたよね?」
あとは小川君、君が薬を調達してきてね?と言外に含むと、玲士は渋い顔をしながら唸った。
「…その女、信用出来んのかよ?」
「気になるなら自分で会ってみたら良い。彼女の見つける女性達は中々だよ。何かあっても相談するような相手のいない子達だ」
玲士はふぅん、と考える素振りをしてたっぷりと長考をすると…やがて笑顔を浮かべた。
「分かった、薬は何とかする」
その言葉を最後に女に覆い被さった玲士は愉しみ始めてしまい、悠也は手元で携帯を操作した。宛先が“ポチ”となっているメール作成画面には『上手くいった』と書かれた後、すぐに送信された。
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