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ボロボロの身体を何とか動かして部屋に帰るなり、玄関前で待ち構えていたポチは発狂しそうな形相で悠也を支え、ソファーに座らせた。
「藤井千紘…絶対に許さない…」
悠也の白い肌に刻まれた醜い火傷跡に、ポチはそう憤った。自身より怒りを向けているのではないかと思うと、悠也は溜飲が下がる思いであった。
千紘に刻まれた煙草の火傷跡は、太腿の付け根に円を描くように六個刻まれた。あまりにも綺麗に羅列しているものだから、遠目に火傷跡と気付かずに見たら、お洒落で付けた模様にも見えなくない所が悠也には余計に憎らしく感じた。少し視線を移せば、殴られて鬱血した腹部も目に入る。縛られて血液の循環が悪くなっていた両手首も似たような色合いをしていた。
色だけ見れば余りにも痛々しい様相に、ポチは眉を顰めた。
以前から自分に対するポチの執着と執心は目を見張るものがあったが、前回のクラブでの暴行から更に酷くなったと悠也は溜息を吐く。今も部屋でソファーに座り込んだ悠也の足元に跪いたかと思うと、シャツを捲り上げて火傷跡をジッと見つめ、ボロボロと涙を流している。
“笑顔の仮面”で有名な悠也とは対照的に“無表情の鉄仮面”である意味有名なポチは、こと悠也に関してだけは感情を表に出して見せた。怒りと、悔し涙と、千紘達への罵詈雑言を受け止めながら、悠也は天井を仰ぎ見た。
呆れられたとでも思ったのか、ポチは慌てて氷嚢を火傷跡に当てて唇を噛みしめている。その表情には【もうこれ以上あいつ等に関わらないで】と分かりやすく書かれており、悠也はふっと自然な笑顔を浮かべた。
「…お前を巻き込んで悪いけど、僕は自分のやりたいようにする。僕も男だし、コケにされたまま泣き寝入りは出来ない。…何をしても、どんな結果になっても、あいつ等が絶望するぐらいの報復をする…」
「………」
それ以上は口を噤んだポチに、悠也は「悪いな」とだけ呟いた。
◇◇◇
悠也は千紘に一時間以上は嬲られた。
千紘は悠也の太腿に円状に並べた火傷跡を六ヶ所刻むと、今度は瞼を指で押し広げて無防備になった眼球に煙草を数ミリ先まで近付けた。失明の恐怖以上に、煙が目に染みて自然と涙が零れ、千紘はそれを楽しそうに眺めていた。煙草を左右に振り、それを追う眼球の動きを心から楽しんでいる様子に、悠也は恐怖よりも深く、芯から気持ち悪さを感じる。
やがて飽きたのか、それとも煙草が切れたのか。どちらか悠也には知りえなかったが、今度は服に隠れる場所を何度も何度も殴られた。いっそ思い切り殴って気絶させてくれるのなら良かったが、鈍く痛む程度の力で延々と続く。痛めつける事が目的では無く、いたぶる事が目的の責め苦の暴力であった。思い切り振りかぶって殴られたクラブでの夜の方が幾分マシに感じてきた頃、千紘は可笑しそうに呟いた。
「矢口クン、ドMだねぇ」
「……!」
抵抗する気力も無く、ソファーに崩れている身体は怒りで肩が震えたが、全身で息をしている今の状態では千紘には何も伝わらなかったのだろう。平然とした顔で千紘は言葉を続けた。「今の顔、見せてやるよ」そう言って携帯で悠也の顔をアップにして写真を撮ると、画面を正面に向けてくる。
「煙草は流石に痛かったみてぇだけど。殴り始めてからはずっとそんな顔してたぜ?」
-嘘だ、こんなの僕じゃない…!-
画面の中には顔を紅潮させ、まるで『足りない』と誘う様な表情を浮かべる悠也らしき者が映っていた。写真だけを見れば、間違いなく性行為の真っ最中と誤解されそうな自分がそこにいる。あまりにも悍ましい現実を突きつけられ、悠也は力を振り絞って腕を持ち上げ、携帯を払い落した。舌打ちをした千紘にまた殴られたが、それでもあんな自分の顔を見ているよりはマシであった。
「痛い事が気持ち良いんじゃ、クラブで嵌めたのも大して嫌がらせにはならなかったかぁ」
「そんな事…」
無いと言う前に、千紘は悠也の太腿の火傷跡を親指で強く押して抓り上げる。鈍く痛むだけだったそこに思わぬ衝撃を加えられ、悠也は「あぐっ…」と言葉にならない悲鳴を上げて身体を折り曲げた。
「こんな変態矢口クンと遊んであげてるんだから、俺や玲士は何やっても悪くないよなぁ。全部お前がシて欲しそうだったからやったし、これからも愉しい事をする。…なぁ、そうだろ。矢口クン?」
いつの間に点けたのか、千紘は煙草を咥えていた。
-まだ煙草持ってたんだ-
そんなどうでも良い事をぼんやり考えながら、顔にかけられた煙に咽た。
個室の扉が開く音がする。千紘に呼び掛ける楽し気な声は玲士のものだろう。
「まだ続くのか…?」
独り言で呟いた言葉に、玲士はさも愉快そうに笑った。
◇◇◇
「なぁ、ポチ…あいつ等に何をしたら、僕のこの黒い気持ちは晴れるんだろうな?」
「…」
ポチは問い掛けには答えず、ただ悠也の痛ましい痣を一晩中冷やし続けた。
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