赤い手帳

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赤い手帳

▼5月21日 五月も後半に差し掛かる。この季節になると、大体キャンパス内で“浮いている存在”やら“常に一人でいる存在”やらが浮き彫りになってくる。最近目につくのは、いつも外で昼を食べている子。素材は悪くないけど、いかにも大学入ってからお洒落するようになりましたって感じがする。化粧も服装も流行りに流されるままって感じで、自分に似合う色とか服のジャンルを履き違えている。非常に勿体無いなと思う。磨けば光る原石って、多分彼女みたいな子。 お世辞にも美人ではない私だって、ある程度の努力で見れる顔になれてるっていうのに。空気で分かる。彼女はぼっちだ。同じ高校の友達とか一緒に進学しかなったのだろう。もしくは、高校でもぼっちだったのか。 似合わない大学デビューが後者を指している気がする。気になる。 ▼5月25日 寂しいなら、サークルぐらい入ればいいのに。しばらく彼女を見ていた感想はそれだった。調べたら彼女の名前は『広瀬(ひろせ)青葉(あおば)』というらしい。やっぱり今年の新入生だった。熊本から上京してきたって話。私が磨いてあげようかな。彼女なら、磨けば欲しがるサークルはいくらでもあるだろう。合コンにでも参加させて彼氏でも見つければ、あんな退屈そうな顔もしなくなるだろう。明日にでも声を掛けようかな。 ▼5月26日 今日彼女に声を掛けてみた。いつもコンビニの高い弁当を食べているのが気になって、『そのお弁当600円はするでしょ。学食ならその半額でお腹いっぱいになるよ?』と話し掛けた。いきなり見知らぬ女に話し掛けられてかなり驚いたのだろう、身を竦ませたみたいだった。『一人で学食で食べるのが恥ずかしくて』そう言った彼女に、やっぱり友達いないんだなぁって一人で納得して。『じゃあ私と食べよう。私は綾瀬舞。今日から友達、ね?』そう言ったらちょっと間を置いて青葉は笑った。うん、やっぱり可愛いね。磨いたら良いお金になりそう。 ▼5月30日 青葉をいつもの手口で色んな店に連れ回す。手始めに美容院。『顔小さいからショートが似合うよ』って言って、背中まであった長いだけの髪をばっさり切ってもらった。青葉はちょっと喪失感感じているみたいだったけど、断然良くなった。その後は化粧品買いにデパートまで行って、店員に似合うメイクを施してもらう。勿論、勧められた高級な美容液からメイク道具まで一式買わせる。こういうのは高いの買うとやる気に繋がるもの。で、今まで使ってた100均みたいな化粧品は全部捨てさせた。段々良くなっていくのが、いつもの事ながら快感。今度は下着。今着けてるの見せてもらったら、中学生?って印象だった。『それ、男に見せられる?』って聞いたら微妙な顔をしてたから、それでいいとは思ってないみたいだけど。他に持ってるのも似たり寄ったりらしいから、それも全部捨てろと言った。上下セットで可愛いのを見繕うと、そもそもサイズがよく分からないと言うからそのまま店員に引き渡して胸のサイズを測ってもらう。…Fだって。着やせしてたみたい。つくづく恵まれた子だわ。 ▼6月8日 大体広瀬青葉は仕上がった。ネイルサロンにも脱毛サロンにも通わせ、戸惑いながらも綺麗になっていく自分に青葉自身も喜びを感じているみたいだった。脱毛サロンの契約金がそこそこ大きかったから、もう自分に使った金額は軽く100万は超えているんじゃないかな。バイトじゃ賄えなくなって、カードローンに手を出したらしいけど、私の知った話ではない。私はいつも『似合うよ』『こうした方が良いよ』と言うだけで、強制してはいないから。リボ払いをしているみたいだけど、あーあって感じ。無知は罪。知らぬが仏。 ▼6月12日 広瀬青葉の基本プロフィールと、セックスの経験人数(と言っても私の探してくる女の子は基本処女)を明記して、出会いを目的としているサークルに情報を流す。買いたいって落札者が出たら引き渡して、私との仮初の友情は終了。大体は同意の元セックスして、処女が本気になる前に逃げるタイプの男が買っていく。私は自分のお金を使わずに紹介、斡旋するだけだから、商品にもよるけど1万~3万ぐらいで売っていた。青葉は贔屓目に見ても上玉だから、3万の値を付けて出荷した。 短期間で自分磨きにハマったとは言っても、元々コミュ障な彼女達は放って置いても自分から恋人を作ったりはしない。けれど一応、『私と友達でいたいなら、恋人は禁止ね』と釘は刺している。そう言っておけば、青葉みたいな子は私から離れないから。 青葉に一番に食いついてきたのは【Freedom】ってインカレ系のサークルだった。最近大学公認になったらしいけど、実績はいまいち確認出来なかった。SNSで知り合った企業関係者とパーティーを行い、コネクションを作る目的らしいが…活動には不透明さを感じる。一応代表の小川玲士や開設メンバーの藤井千紘を調べるが、いまいち情報が出てこない。それぞれ医学部と経済学部在籍としか分からなかった。しかし3万で情報を速攻買うとは太っ腹だと思う。良いパトロンでもいるのだろう。インカレ系って所が引っかかったけど、売った後のアフターケアはしない主義なのでまぁいいかと思って青葉を売った。連絡をしてきた“マサト”という男の指示に従って、次に行われるらしいパーティーの招待状を印刷して青葉に渡した。 女として自信のついた青葉は、やはり恋愛に興味があったらしい。 私との絶縁に念を押すと、しっかりと頷いた。少し前の俯いたぼっち女はもうそこにはいない。この瞬間だけは、いつも一抹の虚しさみたいな感傷を抱いてしまう。私は本当に自分勝手な人間だ。
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